命がけの神頼み婚
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:はなおか ゆう(ライティング・ゼミ 平日コース)
5年前。“もう、老後は孤独死をする覚悟を持とう”なんて婚活にも絶望して、マンション購入計画まで練っていたのだが……わたしは、なんと、死にかけた後に結婚した。命がけの神頼みは、成就する。らしい。そんな話。
28歳も終わりに近い冬。わたしは雪深い戸隠にいた。
10ヶ月ぶりの休み。体はとても重く、怠くて仕方なかったが、寝て過ごすことがどうしても我慢できず、一週間前に、たまたまネットで目が留まった「雪山トレッキングバスツアー」に衝動的に申し込んだ。
会社員になって7年目。
土日もなく、時間に追われるばかりで気付けば立派な“アラサー”。
周囲から届き始める「結婚」の報告。恋人はいない。
今の仕事が一生できるかどうか、やりがいもわからない。
体もヘトヘトであったが、なによりも、心が限界だった。
「このままでは、ダメだ。絶対にダメだ」
なにか言い知れぬ危機感を覚えて、クリックしていたのが、この雪山ツアーだったというわけだ。
……雪など、大嫌いなのに。
早朝の新宿駅西口のバス乗り場に、荷物を背負って駆けつけたわたしは、いつも通りの徹夜明けだった。
バスツアー会社のマークを目印に、乗り込んだ観光バスはとても大きかった。
乗客は20人もいない。独り参加はわたしだけだった。出会いも無いことが確定し、一番後ろの席を確保するなり、わたしは爆睡していた。
添乗員に起こされるまで、全く目覚めなかった。
本当に一瞬、目を閉じていただけのようなつもりだったのに。
薄暗かった新宿から、一転。目を開いた瞬間、目を刺す白い光の量に何度もまばたきをした。
トンネルを抜けた覚えもないまま、窓の外には、高さ3メートルはあろうかという雪の壁があった。まさに、雪国だった。
バスの外では、参加者にスノートレッキングに必要だという、“かんじき”の近代版のような器具を配布している。
靴の3倍くらいはあるだろうか、スケボーの車輪がないようなソレを履くと、ふかふかに積もった雪の上も歩けるのだという。
ガイドに引き連れられながら、慣れない器具で雪の上を歩き回ること2時間。
驚くほど空は青く、一枚の色ガラスの板のようだった。
世界がくっきりと二色だった。白と、青だ。
その中に、黒いシルエットになった樹の一部と、ポツポツと雪の中を歩いているツアー参加者のウェアが色を落としている。ツアーの最終目的地は、戸隠神社の鳥居だった。
どこまでも真っ白な地面が、平らに続くばかりの雪野原。鳥居は、視界のどこにもなかった。
「ちょうど、三日前に大雪が降りまして……鳥居は、ここです」
得意げな笑顔で、ガイドのおじさんがサクッと、足元にポールを刺した。
地面から2メートル以上積もった雪の上にいる。
ツアー客は、お互い写真を撮り合ったり、楽しそうだ。
ひとりぽっちで参加したわたしは、雪の上に仰向けに寝転んでぼけっと空を見上げていた。とても疲れていた。
楽しそうな周囲の声を聞きながら、鳥居の上に寝転んでいるのだなあ、と罰当たりだったかもしれないことに気付いた。横着にもそのまま、目を閉じて、神様に願ってみた。
「わたしの人生が、もっと人間らしく、幸せになりますように。
あと、わたしにも、ちょっとくらい発揮される才能とかが存在しますように。
あと、実家の家族がみんな健康で、長生きしてくれますように。
……あと、でも、できれば、わたしにも伴侶ができますように」
思えば、その時点で、わたしは体調が悪くなっていて、熱に浮かされ始めていたようだ。
その後、みんなでほうとうを食べた。はずである。トイレで汗ぐっしょりになっていた服を着替え、ふわふわとバスに乗り込み……気付いたら、新宿駅西口の雑踏に突っ立ていた。どこにも雪は無かった。
まったく現実感のない1日であった。
その夜から、わたしは高熱を出し、三日後には一ヶ月の強制入院となっていた。
どうも医師が言うには「間違ったら死んでましたよ」だったらしい。
退院後も、半月の自宅療養を命じられ、会社でも緊急異動となった。
家に仮眠へ帰るだけだった生活から一変。『人間らしい』健康そのものの生活が始まった。
そしてハッと気づいたら、明治神宮で結婚式を挙げていた。
時々、ほとんど記憶にない戸隠の雪景色が、夢に出てくることがある。
神様の声なり、姿なり、なんかこう、スピリチュアルでもっともらしい体験ができていれば、このコラムももっとドラマチックになったのだろうが、残念ながらそれはない。
だが、「意図せず、命がけの祈願ツアーになっていたのだね」と、人から言われて「なるほど」と思った。死にかけて、たしかにわたしは、少し、落ち着いた。焦ることがなくなった。人生ってコントロールできない。
なにが幸福かなんて、結果論だ。手段など、自分で考えて望んでもベストとは限らない。そういうことだ。
友人なんかと今更付き合えないよ、なんて言っていたのに、伴侶となったのは友人15年目になる人物だった。
もしも、仕事に疲れ切って、婚活に絶望しきっている女性がいたら、おすすめはしないが、教えてあげたい。「神頼みして、人生観変わるのも悪くないよ」と。
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