不死身の男 奴が動くと大財閥系企業も恐れる《プロフェッショナル・ゼミ》
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記事:山田THX将治(プロフェッショナル・ゼミ)
奴は、自身には意志が無くとも次々と騒動に遭遇し、何故かそれを乗り越えてきた。しかも、自らの力でという訳では無く、どこかで“見えざる力”が働いたとしか思えない感じで。
奴は仲間内で、“不死身の男”とあだ名され、恐れられた。
特に学業が優秀では無かったものの真面目だった奴は、就活では何社もの内定を獲得した。多分、持ち前の律義さで先輩達を訪ね廻ったのだろう。
当時の就職活動は現代と違い、大学4年の10月1日に解禁されていた。勿論、その後の半年で、就職先が決まる訳では無く、実際は大学名でほぼほぼ就職出来る企業が決まっていた。OB訪問は、4年の春から既にしている者が多かった。そして現代とは違い、企業側が一方的に大学と学部を指定することが出来たし、学生のそれが普通と思っていた。ひどい時代である。
但し、利点としては、現代の学生さん達とは違って、一旦大学に入ってしまえば、適当にやっていても、ろくな勉強をしなくても、一応は安定した仕事には付けた時代だった。
しかし、学歴で一生が決まってしまう、面白くもおかしくも無い時代だった。
そんな時代に学生時代を送った奴は、沢山もらった内定を前に悩んでいた。
「どこに行ったら良いんだ?」
奴はまた、贅沢この上ない悩みを、何の嫌味も無く相談出来る稀な素直さも持っていた。
「それで、社会に出て何がしたいんだ?」
こんな単純な質問にも、
「別に希望は無いけれど、楽して給料もらえればそれで良いや」
等と、唄の文句みたいなことを言っていた。そう言えば、将来どんな大人に成ろうと考えて、学部の進路を決めた訳でもなかったようだ。
「一先ず、業種だけは絞ってから決めなさい」
担当教授のアドバイスに、奴は‘給料が高い’という理由だけで、金融業界を進路に選んだ。
他にも遣り甲斐が有りそうな、こつこつ積み重ねて仕事をする、奴に向いていそうな業種の内定を蹴って。辞退したのは、中堅ではあったが伸び盛りの商社、景気の浮き沈みに影響受け無さそうな商船会社、そして自動車好きの世代なら給料が無くとも行きたい自動車会社等々だ。
就職先を金融機関にしようと決めた奴は、次に内定をもらっていた銀行・証券会社・損保会社のいずれにしようかと迷い始めた。
内定が出た銀行は、大手銀行の中では最小規模だが、地元の北海道では確かな基盤が有る銀行だった。同じく損保会社は、老舗ではあったが堅実な中堅の会社だった。
結局、‘転勤’はなるべくしたくないという奴の我儘から、証券会社に就職先を絞った。これなら、東京で勤務出来て仕事は多少きついものの、給料も悪くは無かった。
奴が内定をもらっていた証券会社は2社あり、大手4社の中でも最大手ではないものの大手には違いは無かった。どちらに決めるのかなぁと思っていたら、受付の女性が美人だったという理由で、兜町から少し離れた巨大ビルに本社がある、その証券会社に決めた。
ところがこのあたりから、奴の“不死身伝説”が始まるのだった。
時はまだ、バブルが到来する前だった。
奴が証券会社に入社して間もなく、第2次オイルショックを脱した日本経済に少しずつ明るさが見え出した頃だった。
職業柄、世の中の動向に詳しくなった奴は、ある席で神妙な顔で
「俺が内定貰っていた損保会社、大手生保会社に吸収合併されるらしいんだ。行かなくて良かったよ。もし行ってたら、社会人に成って直ぐに、出世の道が閉ざされた様なものだった」
小声で言ってきた。まだ、新聞沙汰にもなっていない情報だった。
次に会った時には
「ヤベーヤベー」を連呼し
「聞いてくれよ。例の(内定をもらっていた)商社と商船会社、どっちも会社更生法申請(実質的倒産)だってさ」
顔色を変えて、報告して来た。
この頃から、“奴が入ろうとした会社は潰れる伝説”がまことしやかに出回る様になった。それとは逆に、奴の運の良さが際立ち始めた。
数年後、冗談みたいなニュースが飛び込んで来た。
独自の技術で有名な自動車会社が、米国の自動車会社の傘下に入るとのことだった。
現代では考えられないことだが、米国のビッグ3がまだまだ強力だった時代だ。それより、その自動車会社というのがなんと、奴が内定をもらっていた会社だったのだ。“潰れる伝説”が再び登場した。
その直後、にわかに信じられない事態が起こった。奴が以前、内定をもらいなおかつ入社直前まで行っていた、北海道に本社がある大手銀行が破産手続きに入ったというものだった。“銀行は絶対に潰れない”という今では信じられない‘神話’が、普通にまかり通っていた時代だった。
流石に、奴に確かめることをはばかった。何故なら、奴の“潰れる伝説”が、伝説を通り越して確信に成って来たからだ。
「やっぱな」
奴と次に会った時、仲間は目配せで会話した。怖くて言葉に出来なかった。
当の本人は、自分と関わった会社が次々とおかしくなるので、今勤めている会社の事が心配になって来たらしい。
仲間内では、奴の悪運の強さに半ば呆れて“不死身の男”と名付けることにした。
しかし、“不死身の男”の真価は、これからもっと出てくること等、誰も想像しては居なかった。
奴が勤める証券会社は、バブル期を迎えて益々業績を上げていた。
同時に、奴の給与も‘うなぎ上り’に上がっていた。或る時の冬のボーナスは、お札を立てられる程出たそうだ。立てるのは横では無く縦に。
「銀行振り込みで良かったよ。現金手渡しじゃ、怖くて持ち帰れない」
等と、冗談とも本気とも取れることを、奴は言っていた。
奴は、順調に出世し、有り余るボーナスで新車、それも外車を購入し、無事に会社の受付係と結婚した。その上、子供が誕生したのを機に、新築のマンションまで購入した。
これは、奴が特別だったのではなく、日本全体が浮かれていた時代だった。だから、奴の行動が特別目立つことも無かった。
バブルが崩壊し、奴も含めた私達世代が、少しは静かに成った頃、奴の“潰れる伝説”が復活した。
1997年に、奴が勤める大手証券会社が、破産申請をしたのだ。今でも有名な、社長が号泣した記者会見が残っている。
私達は、号泣している社長より、奴の事が流石に心配になった。“潰れる伝説”が、“不死身の男”を呑み込んだと思っていた。
自分が勤める会社が破産したとなれば、不死身の奴も意気消沈しているだろうと、労いの電話をしてみた。
「有り難うよ。でもな、今は部下の行き先を探していて忙しいんだ」
40歳を前にして、課長に昇進していた奴は、‘良い上司’に成長した様だった。
直属の部下の再就職先探しに奔走した奴は、自分の事はあまり考えなかったらしい。どうやら、これを機に起業をしようと考えていたと後日になって聞いた。
ところが、再び奴の“不死身の男”振りが発揮された。
破産申請した証券会社の後見となる外資系証券会社が、奴を名指しで採用したいと言って来たのだ。全く不死身な奴だ。もっとも根底には、奴の真面目な性格と、堅実な仕事振りに因るものだとしておこう。
移籍に関して、奴に異存はなかった。程無くして、墨田川が見渡せるビルから、日本橋近くの新築ビルに奴は移動した。外資系証券会社が、そこに居を構えた為だ。
外国人上司も居る中で、日本語しか話せない奴は苦労しながら業務をこなしていた。流石に、約20年も業界に居たことは‘伊達’ではなかった。
その後の数年間、証券業務に勤しんだ。その仕事振りから、年俸も以前の水準を超える程までになった。
しかし、奴の平穏な日々は長くは続かなかった。
順調に業績を伸ばしている筈だった外資系証券会社は、フランスにある本社の業績が思わしくなくなり、海外事業を縮小することになったというのだ。日本法人の当然そのあおりを受け、一般証券業務から手を引くこととなった。
“不死身の男”も、今回ばかりは瀕死状態となった。外資系に居たということは、日系企業との接点が著しく乏しくなっていたからだ。
奴は、今回は自力で移籍先を探した。
幸運なことに、以前在籍していた時の部下が、大財閥系銀行が新たに設立した証券会社にいたのだ。その会社が、マネージャークラスの人材を急募していた。そのポジションに、元部下が奴を推挙してくれたそうだ。
見事な“不死身の男”の復活劇だった。
今回ばかりは、奴も嬉しかったらしく、親しい仲間を集めて報告会めいたものを開いた。
「奴が、銀行に移籍したぞ」
情報は瞬く間に、仲間内に広がった。
「ということは、今度は財閥系銀行が危うくなるのか?」
「あそこの株を持っている者は、今の内に手放しておけよ」
等々、仲間内の事で嬉しくなった者が、次々と勝手な冷やかしを言い始めた。
奴は奴で、
「やっと、安定出来そうな所に収まりました。こんなに波乱なビジネス人生になるなら、学生時代に財閥系に進めと言って欲しかったなぁ」
なんて、挨拶して皆を和ませた。
周りも今回ばかりは、心配していたのだろう。全員に、安堵の気配がみられた。
いつになく、楽しい集いとなった。
奴の“不死身伝説”が、完全に復活したのだから。
それにしても、奴の運の強さは、どこから来るのだろう。
楽しさの中に、皆が不思議を持ち帰っていた。
次の週明け、とんでもない情報がもたらされた。情報源は、やはり奴だった。
仲間への同胞メールで
「ゴメン。‘うち’の株価が落ち始めた」
と告げて来た。
景気の上下に関係無く、ほとんど動かず天井に張り付いている状態だった大財閥系銀行の株価が、じりじりと落ち始めたのだった。多分、経済アナリストでも原因は掴めなかっただろう。
「理由は何だ?」
奴にレスしてみた。
「全く不明。仲間の誰かが、つまらん噂に躍らされて、まとめて株を売り出したりしてないか?」
殆ど逆ギレ状態だった。
今もって、この時の株価下落は解明されていない。
一応、私等の中では、奴の“潰れる伝説”は、超優良企業にも当てはまりかも知れないことだけは確認された。
そして改めて、奴の“不死身伝説”も確認された。
先日の同級会で奴から、定年まで在籍出来ることが銀行から内示されたとの報告を受けたからだ。
これからも、いざとなったら不死身な‘あいつ’を頼りにしようと確信もした。
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