可愛い子供を崖から落とす前に、まずは自分が落ちやがれ
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記事:関亮輔(ライティング・ゼミ平日コース)
「佐々木さん今ちょっと良い? この場所ってミスしてないかな……」
「あ! すいません。勘違いしていました。すぐに直します」
新人の佐々木さんが入ってきて半年くらい、ずっとこの調子だ。彼女は目を離してしまうとすぐに仕事にちょっとしたミスをする。
急に後輩の注意している所から始めてしまって失礼。私は最近話題のOJTとして新人の彼女に仕事を教えている。OJTはOn-The-Job Trainingの略で、実際の業務を通して先輩が後輩に仕事のやり方を教えるものだ。研修費が安く済んで、教える先輩役の勉強にもなるということで、経営者から見れば非常に美味しい方法と話題だ。ベンチャー企業など若い会社がよく採用している方法で、例に漏れず私が入っているベンチャー企業でも採用している。そんな流れで、先輩役になった私だって一年前に入社したばかりだと言うのに、「じゃ、よろしく」と後輩がついてしまった。
さて、そんな後輩の佐々木さんの話に戻る。この子は決して頭が悪いわけではない。むしろ佐々木さんの出身大学は誰もが知っている名門大学でめちゃくちゃ頭がいいと聞く。決して難しい仕事を任せているわけではない。佐々木さんが新人研修の際に聞いた知識だけで簡単に対応できるように、私が無い知恵を必死に絞りながら仕事を振っている。
原因を考えていたのだが、正解が全然見えてこない。彼女は私より圧倒的に頭がいい。去年私が何回も聞いて何回も試して、ようやくできるようになった仕事を、一回聞くだけで出来てしまう。完璧なはずなのに、なぜか簡単なところでミスをしてしまって、私がいつもカバーして注意している。そんなことがあるからなかなか目を離すことが出来ず、難しい仕事を振ることも出来ず、過保護なOJTが続いていった。本当は「可愛い子には旅をさせよ」とか、「虎は我が子を崖へ突き落とす」とかの言葉に従いたい所だが、もはや崖まで連れて行かせることすら難しかった。
冒頭で無茶な形で後輩を付けられたと言ってはいたが、実際は研修があるだけ仕事量を少なくしてもらっていた。なんだかんだ言って周りの人や上司は私の力量を知っているから、かなり気を使ってくれていたのだ。
でもそんな甘えたことも言えなくなってきた。夏が来て、秋が来て、気温が下がっていくにつれて会社の業績も徐々に冷え込んできた。業績が落ち込むに連れて、余裕を持って研修させるなんて余裕がなくなってきた。私が研修をする余裕を確保しようなんて話はどこへ行ってしまったのか。しっかり社員一人分の仕事量、なんなら一人分よりもっと多めの量を割り振られるようになった。
そうなると当然、佐々木さんを見ておく余裕もなくなってきて、チェックやフォローをする時間がどんどん無くなってきた。さらに言えば、私は自分の業務量すら満足に終わらせることが出来ない日もあるくらいだった。佐々木さんはそんな私に放り出されながら、今まで2人でやってきた仕事を一人でやらざるを得なくなった。
ある日佐々木さんが帰った後、私はヘトヘトになりながら、佐々木さんの終わらせた仕事を久しぶりに確認した。私は驚いた。完璧だった。今までであれば何個もミスを指摘できそうなところに一切ミスが無い。付け加えれば、今まで私がやっていた箇所を、私が想像つかないような方法で、シンプルに短時間で済ませられるように工夫までされていた。
翌日、佐々木さんにどうしてこんな方法を思いついたのか聞いてみた。「いやー、先輩は手とり足とり教えてくれるので、すごいラクだったんですよー」と。言葉上は私を立ててくれたが、おそらく私が一から十まで付きっきりだったので、とりあえず言うとおりに従っておこうと気を使ってくれていたようだ。
そこで私が忙しくなったおかげで自由度が増し、自分のやりたかった方法を試せるようになった。また、人手不足にもなったので工夫をしようと考えてくれるようになったらしい。
なんてこった。彼女の為だと思ってあれこれ教えていたのに、逆に彼女の成長を邪魔していただなんて。今回私が自分のことでいっぱいいっぱいになったお陰で、箱入り娘だった佐々木さんが自分の思い通りに仕事を進められるようになった。可愛い子が旅を出来たのだ。
そう考えると、彼女をどうやって崖から落とすかを考えるより、さっさと自分が崖から落ちればよかったんだなあと実感した。親が落ちてしまったら子供も落ちざるを得ない状況を作れるということだ。
そこから更に時は過ぎ、私はまだ佐々木さんと同じクライアントの仕事を行っていた。
「先輩今ちょっと良いですか? この場所にミスがあると思うんですけど……」
いつの間にか上下関係が逆転していた。
今度は佐々木さんが崖から落ちて、私が超成長するチャンスが来ないかなあと思いながら、今日はまだ尻に敷かれています。
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