白装束の街に住んで
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:姫蝶(ライティング・ゼミ平日コース)
白装束の女性で、真っ白に染まる街がある。
それは、小林一三という実業家が作った、宝塚という歌劇の街だ。
私が「白装束」と聞いて、最初にイメージするのは、神主、巫女、修験者などの真っ白の衣装だ。白装束は、神事に関わる「神聖」なイメージがある。
また、結婚式で、新婦は白無垢、または、白いウエディングドレスを着るが、白は「神聖」と同時に、「純潔」のイメージがあり、花嫁さんといえば、白だ。
白は、綺麗好きな日本人に、好まれる色だと思う。
だからといって、白装束の女性が、街にあふれ、数千人が早足で列になって歩くのを見かけたら、どうだろうか? 誰もが引いてしまうのではないだろうか?
もちろん、私もその一人だった。
宝塚に本拠地を置く宝塚歌劇団には、公式なファンクラブは存在しない。
ファンクラブは私設で、ファンの会費で運営されている。ファンが増えると、一人のタカラジェンヌに対し、一つのファンクラブが作られる。
ファンクラブには、「会服」というものがある。公演時のタカラジェンヌの楽屋への「入り待ち」や、楽屋からの「出待ち」の際、会員は会服を身に着けなければならない。
会服は、白以外の色のパーカーや、ストール、かばんなどのグッズであり、会ごとに異なり、また公演ごとに変更されるため、会員は公演ごとに購入する。
同じ会服を身に着けた、多いときは何百人ものファンクラブ会員が、贔屓のタカラジェンヌのうしろを、ぞろぞろとついて楽屋口まで歩く姿は、何度見ても、不思議な光景だ。
そんな、ファンクラブごとのユニークな会服が、ある時期、真っ白になることがある。
それは、タカラジェンヌが宝塚歌劇団を退団するときだ。
退団公演の千秋楽の10日前から、楽屋で使用する楽屋着、楽屋スリッパなど、退団者の身の回りのグッズは、白色に染まる。そして、退団者のファンクラブの会服は、まずトップスが白になる。
会服が白くなると、いよいよ卒業のカウントダウンが始まったというサインで、みなの気が引き締まる。
宝塚の街では、クリーニング店から、喫茶店、着物屋、クリニックまで、ありとあらゆる店舗にタカラジェンヌのポスター、サイン色紙が貼られている。
ポスターが貼られている店は、タカラジェンヌが通う店なので、安心。逆に、ポスターが貼られていない店は、料理が美味しくないんじゃないかと疑ってしまう。
「お疲れ様でした!」との声に驚いて振り向くと、音楽学校の制服を着た生徒さんだ。
音楽学校の生徒さんは、街ですれ違うと、「おはようございます」、「お疲れ様でした」と、元気よく挨拶してくれる。
そう、タカラジェンヌは街のアイドルなのだ。
だから、白い会服を街で見かけると、「ああ、また誰かが卒業して、10代から過ごしたこの街を出て行っちゃうんだな」と、ちょっぴり、寂しくなったりもする。
退団公演の千秋楽の日、ついに、会服は白装束となる。
タカラジェンヌの名前が書かれたTシャツ、パーカーなどの他に、かばん、うちわなどのグッズも、全て白に統一される。
警備員も、ファンクラブか支給した、会員とお揃いの白いTシャツを着る。
駅から宝塚歌劇場に続く小道は、舞台への「花道」の意味を含めて、「花の道」と呼ばれるが、男役トップスターの退団ともなれば、早朝から6~8千人が詰めかけ、この「花の道」はファンで埋めつくされる。
白い衣装を着た男役トップスターが楽屋口に到着すると、退団者の同僚と、白装束のファンクラブ会員が退団者を迎え、お神輿かつぎなどで、最後の楽屋入りを盛り上げる。
まさにお祭り騒ぎだ。
千秋楽の入りのイベントが終わったあと、公演が始まるまでの数時間、白装束の女性たちは、宝塚の街に散って行く。
想像してみて欲しい。ここは、東京とは違う、小さな郊外の街だ。
カフェやレストランは数えるほどしかないが、全身、真っ白な女性で埋めつくされてしまう。
ファンクラブに所属すると、楽屋への「入り待ち」や、楽屋からの「出待ち」など、ほとんど毎日のようにタカラジェンヌと接点を持つことができる。
音楽学校時代のまだつぼみの時に、きらりと光る生徒を見つけて、応援し、トップになるまで、長年支えてきたという自負もある。
しかし、卒業後は、それが、ぷっつりとなくなってしまうのだ。
卒業は、退団者にとっては、新たな人生のスタートでもある。しかし、ファンにとっては、とても辛く悲しい。
まるで、娘を嫁に出す親の気持ちではないだろうか?
千秋楽の公演が終わると、男役トップスターは、ファンクラブが用意した、胡蝶蘭で作られた真っ白の長いアーチをくぐって、正面玄関に出てくる。
退団パレードでは、数千人の白装束のファンクラブ会員がトップスターを取り囲む。
千秋楽に退団者が白い衣装を着るようになり、ファンクラブの会服が白装束になったのは、平成以降だが、その理由はわからないらしい。
しかし、誰が決めたわけでもなく、自然とそうなったのは、白が卒業する退団者の感情、見送る側の感情にフィットしたからではないだろうか?
「白装束」と聞くと、一瞬、引いてしまうが、タカラジェンヌのイメージのように、清く正しく美しい白。これからどんな色に染めることもできる、無限の可能性を秘めた白。
そんな白は、卒業にふさわしい色に思える。
会員が作る真っ白の花道は、まさに圧巻だ。
トップまで上り詰めたタカラジェンヌが、真っ白の花道を通り、新たな可能性にチャレンジする姿は、凛として、とても美しい。
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