憧れの東京天狼院に、通信受講生の私は、行くことができなかった。《プロフェッショナル・ゼミ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【2月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:相澤綾子(ライティング・ゼミ プロフェッショナルコース)
※このお話はフィクションです。
「ふぅ、今日はちゃんと寝た」
と私は心の中で呟いた。最近、今月下旬に3歳になる娘が昼寝をしなくなってきた。保育所では雰囲気で昼食後すぐにみんなと眠っているらしいけれど、家だとなかなか寝付かないのだ。今日はおとなしく布団に入ってくれて、目を開けちゃだめだよ、と何度か声をかけていたら、いつの間にか寝息を立てていた。
今日は2018年1月7日。天狼院ライティング・ゼミプロフェッショナルコースの講義の日だ。ライティングゼミの日曜コースは、月に2回の講義だった。でもプロフェッショナルコースは1か月に1回、17時から19時と、19時半から21時半まで2つの講義が休憩を挟んで行われる。長丁場だ。しかも、プロフェッショナルコースは、受講生が積極的に意見を出すことで講義が成り立っている。他の受講生の意見を聞くだけでも勉強になる。でも、もっと積極的に思っていることを出して、三浦先生のコメントをもらった方がいいと感じた。だから今朝から通信での完璧な受講体制を作るべく、夕食の準備をし、先にやっておけると思うことは全てやりつくした。あとは何をすべきか。お風呂はさすがに5時前に入れるのは、寝る前に冷え切ってしまってかわいそうか……。でも比較的早く寝る上の子と下の子だけ入れておけば、夫が真ん中の子を入れてくれるだろう。
そんなことを考えながら、娘の隣で横になったまま、スマホで時間を見た。15時13分だった。もし通信ではなく、通っていたとしたら、もう家を出る時間といったところか。実際通っていたとしたらどれくらいの時間がかかるのだろう。2時間程度か。ふと気になって、電車の時間を調べたくなった。そもそも駅からどれくらいかかるかも調べたことは無かった。東京天狼院のページにはスタッフ川代さんによる「自他共に認める超ド級の方向音痴の私が案内する、『最も迷わない天狼院書店への行き方』」が掲載されている。それによれば、10分ほど歩くとのことだった。初めての場所なので、駅には15分前には着きたい。川代さんも池袋駅は複雑と書いていたけれど、私自身も迷った経験がある。
到着時間を16時45分にして、最寄り駅の蘇我から池袋までの電車を検索した。蘇我駅を15時35分発京葉線東京行きに乗れば、ぎりぎりだが16時45分に着く。意外と近い。終わるのが21時半だから、帰宅時間は23時を過ぎてしまうだろう。でも明日は祝日で仕事が休みだ。こんなチャンスは二度とない。
夕食はカレーにしてあった。夫が三人の子どもを風呂に入れ、カレーを並べ、食べさせ、歯磨きをさせ、寝かしつけるのは大変なことだろうけれど、他のメニューよりはやりやすい。急にお願いするのは申し訳ないけれど、私だってたまには自由な日曜の夜が与えられたって良いのではないか。こんなのは何年ぶりだろう。子どもが生まれてから一度もないかもしれない。私自身もかなり疲れるのだろうけれど、自分の願望をかなえたのだから、明日はそれを埋め合わせするくらい頑張ろう。
私は娘の隣から抜け出し、夫と子どもがいるリビングに向かった。長男はアコーディオンのおもちゃで遊び、次男はユーチューブを見ていた。これだけにぎやかなのに、夫はソファーで居眠りをしていた。夫に尋ねたら、「行ってもいいけど」と肯定しつつも、行ってほしくない気持ち丸出しの表情だろう。帰る時間を言ったら「無理だよ」というかもしれない。私は夫を起こさないで行ってしまうことにした。夫だって、あまり体調が良くないから今日は早く帰ってきて欲しいとお願いしておいた時に、メールで一方的に「ごめん遅くなってしまう」と連絡してくることがあるじゃないか。私は一番しっかりものの6歳の次男に、
「ママ、今からお出かけすることにしたんだよ。パパにはお手紙を書いておくから、いい子にしてね。りくちゃんとはなちゃんの様子も見ておいてくれる?」
とお願いした。
「分かった、いいよ」
次男は真剣な表情で答えた。
「困ったことがあったらすぐにパパを起こすんだよ」
長男の頭を撫でて「でかけてくるね」と声をかけた。カレーの鍋を温めやすいようにコンロの上に置き、コンロの横にシリコン製のおたまを置き、米を研いで炊飯器のタイマーを予約した。
急にごめん、ライティングゼミ、リアル受講してきます。
カレーを温めて食べさせてね。火にかけたらかき混ぜないとこげつくから気を付けてね。
よろしくお願いします。
私は急いで置手紙を書いた。コートを取り出しながらクローゼットの鏡を見た。毛玉だらけのセーターに、薄汚れた黒のジーンズ。既に15時25分だった。着替えている時間はない。職場に行くときのバッグをそのまま持ち、家を出た。
ほんの数十分で、私は電車の中にいた。娘を昼寝させようと寝室に連れて行った時には、想像もしていなかったことだった。どっぷりとプロフェッショナルゼミの空気を吸えると思うと、ワクワクしてたまらなかった。バッグの中から三浦先生の著書「殺し屋のマーケティング」の本を取り出した。ちょうど3回目の読み直しをしているところで、バッグの中に入れていたので良かった。本にサインをしてもらおう。これを通販で購入した時には、「1年後くらいには、何らかの形で会うことができて、サインしてもらえるかな?」なんて想像していた。けれど急にそれが現実になる。
三浦先生はこの本で、ミステリー、人間ドラマ、マーケティングの教科書の3次元小説を目論んだと話していた。ミステリーと人間ドラマの要素は最初から感じた。けれど、マーケティングについては私にとっては小道具の領域で、まだ教科書的な読み方はまだできていない。小道具としてのマーケティングのパワーはまざまざと見せつけられていたけれど、その手法については、付録編の解説を見てもあまり理解できていなかった。だから今回はそれを読み取りたい。
しばらくすると少し電車のスピードが緩み、がたんと停まった。
「停止信号です。線路上に不審物がありましたので、安全確認を行っています。もう少々お待ちください」
何てことだ! すぐに発車するといいけれど、新木場での乗り換えに遅れると、池袋でぎりぎりになってしまう。どうすることもできないので、本に目を落として待った。
結局発車したのは10分後で、新木場からの有楽町線には1本遅れることが確定した。川代ノートの記事を再度見た。有楽町線の場合も東池袋ではなく、池袋で降りた方が良いとのことだった。川代さんの案内する道は迷うことはないけれど、10分程度かかる。遅刻してしまう。でももう仕方がない。
新木場からは特に問題なく池袋まで着いた。川代さんは西武東口方面の東口から出ることと書いていた。再度川代ノートを見ようと、スマホを開いた。そのページはウィンドウを開きっぱなしにしていたはずだったけれど、なくなっていた。間違って消してしまったのかもしれない。私は仕方なく、検索し直した。
ところが、天狼院書店と検索しても出てこないのだ。電波の状況が悪いわけではないのにおかしい。後で読みながら行けばいいと思って、家で、電車の中できちんと読まなかったことを後悔した。私は仕方なく、覚えている限り行ってみようと思った。右に向かうと書いてあり、あとは、マツキヨという言葉を思い出した。とりあえずマツキヨまで行ってみようと思った。
マツキヨが見えてきたのでほっとした。でもその先はまっさらだった。電話しようと考え、私はもう一度検索を試したけれど、出てこなかった。プロゼミの入試の時に電話をしているから、その記録が残っているはずだと気付いた。私は履歴を調べ、自宅受験の日に都内にかけた東京天狼院と思われる番号にかけてみた。しかし話し中だった。
時計を見ると5時になっていた。既に講義が始まっている時間である。私はバッグからイヤホンを取り出し、講義を聞きながら歩こうと思った。ところが今度はGメールも開けず、中継動画のアドレスが分からない。やはり電波が悪いのだろうか。家のWi-Fi環境でつないでいればこんなことはなかっただろう。今日はおとなしく家で過ごすべきだったのだと思った。
私は再度、東京天狼院に電話をしてみることにした。ところが今度は、この番号は現在使われておりませんというアナウンスが流れた。
仕方なく、とりあえず歩くことにした。しばらく歩くとジュンク堂が見えてきた。ジュンク堂はよく三浦先生が本を買うという話をしていたし、きっと近いのではないか。そして本屋どうしなので、ひょっとしたら店員が場所を知っているかもしれない。
私は店に入り、一番最初に目に入った平積みの本をそろえていた店員に声をかけた。
「すみません、つかぬことを伺いますが、この近くに天狼院書店があると思うのですが……」
本屋に入って別の本屋の場所を聞くなんて本当に申し訳ないと思ったけれど、背に腹は代えられなかった。
「てんろういん、しょてん、ですか?」
その店員は知らないようだった。私はうなづいた。
「ちょっと確認してくるのでお待ちください」
その30代くらいの女性店員は奥の部屋に入っていった。もしかして忘れられたのではないかと思うくらい時間が経った後で、女性店員は戻ってきた。
「すみません、他のスタッフにも確認しましたが、誰も知らないそうで」
私は食い下がった。
「申し訳ないのですが、私のスマホでは、電波が悪いのか、いつも見ている天狼院書店のサイトが見られないのです。インターネットで調べてもらえませんか?」
「実はそれもやってみたのですが……申し訳ありません」
その店員はおそらく傍目にも分かる涙目の私を見て、申し訳なさそうに頭を下げた。
それから1時間ばかりやみくもに歩いたけれど、天狼院書店は見つからなかった。足がすっかり痛くなってしまった。途中何度も講義を聴こうと試した。それも駄目だった。そんな大それたことをしようと思ったわけではないのに、なぜうまくいかなかったのだろう。夫に大変な思いをさせて、子どもたちをほったらかして、そこまでしたのに無意味になって。悲しくて涙がぽろぽろこぼれた。そろそろ前半の講義が終わっている頃かもしれない。
あきらめて池袋駅に戻り、帰ろうとした。帰りは東京駅から総武線か京葉線か早い方で帰ろうとして、丸ノ内線に乗った。ところが東京駅についてみると、総武線も京葉線も止っていることが判明した。どうやって帰ればいいのか。
「どうすればいいの!」
私は薄暗い部屋の布団の中にいた。隣を見ると既に娘はいなかった。リビングからきゃあきゃあ子どもたちが騒ぐ声が聞こえてきた。私は夢を見ていて、自分の声で目が覚めたのだ。スマホは4時31分を表示していた。
夫が風呂掃除をしておいてくれた。お湯を落とすとすぐにキッチンに行き、お米を研ぎ6時に炊き上がるようにして、リビングの子どもたちに声をかけた。
「今日はママのお勉強の日だから、素早くお風呂に入るからね~」
ライティングゼミは、読んでもらえる文章を目指すことだった。でもプロフェッショナルコースは、プロを目指すための人のものだった。フルタイム勤務で、子育て中で、しかも一番下が2歳で、でもプロを目指すにはとにかく量が必要で、自分はそこまでの覚悟があるのだろうか? このまま書くことに夢中になると、子どもたちにかわいそうな思いをさせることになるのではないか? 今だってつい、早起きして書いているときに子どもが話しかけてくると、「ちょっとママは今お仕事しているから、向こうで遊んでね」と言ってしまう。迷いはある。
でももう私はすっかりライティングの魅力に憑りつかれてしまった。しかも死ぬまでに読める文章が書ければいいなんて、遅すぎる。せめて40代のうちにものにしたい。だとしたら、「殺し屋のマーケティング」だ。3次元小説ならぬ、3次元生活をすればよいのだ。そもそも三浦先生は、社長業に、講師に、大学教授に、プロカメラマンに、ライターに……。一体何次元生活をやっているのか。天狼院書店は通信受講というシステムで、その可能性を用意してくれている。
これを実現させるのが、私の2018年の目標だ。
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