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キャプテンモリヨシ


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記事:新福正果(ライティング・ゼミ ライトコース)
 
私には忘れられない野球選手がいる。
彼の名は「モリヨシ」。とある地方の名もなき高校球児だ。
 
15年程前、私は勤務する中学校の野球部の顧問をしていた。
顧問と言っても教員だった訳ではなく、施設管理を行う職員としてその学校に勤務していた。
たまたま、その中学校に野球経験のある先生がいなかったこともあり、経験者である私に声がかかったのだ。
やる気と元気だけは人一倍あった私は、二つ返事でその依頼を引き受け、日々の練習はもちろんのこと、土日は他校に練習試合に出向き、大会にも積極的に出場した。子供たちも元気だけで大して指導力のない私の練習に素直についてきてくれた。
その甲斐あってか、チームは徐々に力をつけ、その地区では優勝候補に挙げられるようになり、私は顧問としてある一つの事を除けば、とても楽しくやり甲斐のある日々を送らせてもらっていた。
 
その一つの事とは、チームのメンバーが21人だったということだ。
大会にもよるが、連盟の規定によりほとんどの大会でベンチ入りできる選手は20人であり、どうしても1人外れてしまうのだ。その外れた選手は、たった1人でスタンドから応援しなければならないことになる。
これは思春期の中学生にとって、そして野球人として、とても、とても辛いことだったと思う。
 
多くの生徒にチャンスを与えたかった私は、練習試合や地区大会では、出来る限り多くの生徒が試合に出られるように心がけた。
しかし、県大会出場などがかかる大事な大会では、いつも決まった生徒が21人目の選手となっていた。それが、「モリヨシ」だ。
実力で選べばどうしてもそうなってしまったのだが、おそらく生徒たちは納得していてくれたと思う。もしかしたら、本人もそうだったのかもしれない。
だが、今となっては分からないことである。
 
私が子供達に野球を教えていた時に大事にしていたことの一つは、野球の上達と共に野球を好きであり続けてほしい、ずっとずっと野球を続けてほしいということであった。なぜなら、自分自身が中学校で野球を辞めたからだ。いや、辞めたというよりも正確には、野球から「逃げた」のだ。よくもそんな選手が、経験者ぶって偉そうに指導が出来たものだ。
 
小さな頃から野球が好きで得意だった私は、通っていた中学校の軟式野球部では物足りず、硬式野球のクラブチームに所属していた。
そこには各地から自分と同じように腕に覚えありの選手が集まり、将来は甲子園、そしてプロ野球へ、という思いで練習に励んでいた。
しかし、井の中の蛙だった私は、自分よりもはるかに上手な選手に囲まれ、実力の差をまざまざと見せつけられ、程なく大海を知ることとなった。
 
少年時代から野球が上手で、試合に出ることが当たり前だと思っていた自分は、補欠というカッコ悪いポジションが我慢できず、高校野球という檜舞台に立つこともなく、それどころか挑戦しようともせず、いそいそと野球から逃げたのだ。だからこそ、ほかの誰よりも「モリヨシ」の事が気になっていた。
彼はどんな気持ちでスタンドに立ち、どんな気持ちで仲間に声援を送っていたのだろうか……。
 
その後、暫く顧問をさせてもらったが、次の職場への異動によって野球から離れることとなり、いつしか彼らのことも記憶から遠ざかっていってしまった。
 
数年後、ある夏の日の昼休み、職場の同僚と高校野球の甲子園大会地区予選をTV観戦していた。私の住む地方では高校野球人気が高く、地区大会の一回戦から放送されていたのだ。その日は、優勝候補の一角の試合が中継されていた。相手チームはノーシードの決して強いとは言えないチームだった。
試合は大方の予想通り一方的な展開となり、3回を終わった時点で10-0となっていた。誰が見てもそこからの逆転は不可能であった。
それでも選手たちは諦めずに、届きもしない打球に飛びつき、相手エースの剛速球に喰らいついて、何とかヒットを打とうとしていた。しかし、流れが変わることはなく、このバッターが打ち取られるとコールドゲームというところまで追い詰められた。
そしてアナウンサーが、おそらく最後になるであろうバッターの実況を始めた。
 
「さあ、いよいよこのバッターが打ち取られると試合終了です。キャプテンモリヨシ君、最後に意地を見せられるのか……」
 
私はその瞬間まで全く気付かなかった。そのチームでひときわ必死に白球に喰らいついていた選手がモリヨシだったことに……。
なぜなら、真っ黒に日焼けした精悍な顔立ちの高校球児は、かつてスタンドから一人で応援していたモリヨシとは全く違っていたからだ。
次の瞬間、彼が放った鋭い打球は定位置よりも少し前に構えていたセンターのグラブに静かに収まった。
試合終了後、挨拶をする彼はとても堂々としており、中学校で野球から逃げ出した私には手の届かない場所にいるように思えた。
 
もし可能であるなら、あの日のモリヨシ君に会ってお願いしたい事がある。
僕と一緒にタイムマシーンに乗って15歳の僕に伝えて欲しい。
「野球って楽しいよ」と。
彼の言葉なら、素直に聞いてくれる気がするからだ。
 
 
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2018-03-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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