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メディアグランプリ

オペ室界隈の人々


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:渡邊法行(ライティング・ゼミライトコース)
 
私の仕事は、オペ室の環境整備だ。
まあ、ぶっちゃけて言うと、オペ室、つまり病院の手術室の清掃人である。
 
私が働く病院にはオペ室が20室ほど有り、多い時は1日に1つのオペ室で5件ほどのオペ予定が組まれることもある。オペ終了後、次のオペの患者さんが入室されるまで、だいたい15分。その間に清掃を終わらせなければならない。結構多忙な日々である。
 
そんな日々の仕事の中で、一番接する機会が多いのはオペ室担当の看護師さんたちだ。
私たちは、看護師さんの名前を出来るだけ覚えるようにして、
「○○さん、これはもう片付けてもいいですか?」
そんな感じでコミュニケーションをとるように心がけている。
しかし、看護師さんにとって私たちはあくまでも清掃人だ。しかも外部委託の業者である。
「△△さん、これ片付けておいて下さい」
この場合の△△は……、会社名である。
私は今まで自分の名前を呼ばれたことは、無い。
でも、「△△さーん!」と呼ばれればすぐに駆けつけ、指示された作業を素早く行う。そこには、確かに信頼関係が存在していると思っている。
 
そんな看護師さんの中に、清掃人のスタッフみんなが恐れおののく人がいる。
この人、とにかくイライラしている。私たちが清掃のために入室するや否や、矢継ぎ早に指示が飛んでくるのだが、その指示の中にはイレギュラーなものが結構多い。
通常の作業を行いながら、そんなイレギュラーな指示に対応するのは至難の業だ。でも、容赦はしてくれない。指示が実行されていないと見ると、たちまちその看護師さんのイライラが爆発する。そして、雷が落ちる……。
 
ある日、こんな光景に出合った。
オペを終えて一旦退室された患者さんが、すぐにオペ室に戻って来た。清掃を始めていた私たちは一時中断して外で待機する。
オペ中は閉まっている扉がこの時は開いたままだったため、外からでも中の様子が見えていた。
患者さんは10代の少年だろうか。しきりに何かを訴えているように見えた。
ベッドの周りには、執刀したドクターや看護師さんなどがいて、みんなで患者さんの様子を見守っている。
その中に、患者さんの話に懸命に耳を傾ける、あの看護師さんの姿が見えたのだ。
ベッドに横たわる患者さんの目線の高さに合わせるため、床に膝をつき患者さんが訴える言葉に大きく頷きながら、ひとこと、ひとこと、優しい表情で語りかけていた。
 
それはまるで「お母さん」のようだった。
患者さんが子供の場合、オペ室に入室する際は親が付き添うこともある。しかし、退室する時、頼ることが出来るのは看護師さんだけなのだ。
 
患者さんと看護師さんの「会話」はしばらく続いた。
説得する、そんな雰囲気ではない。とにかく話を聞いて、優しくうなずく。
「うん。そうね、わかるよ。でも心配しなくていいから……」
私には看護師さんが、そう語りかけているように思えた。そんなやわらかな光景だった。
 
約10分後、不安のない穏やかな表情で、その患者さんはオペ室を退出していった。
 
あの看護師さんが、いつもイライラしているのには訳がある。
オペの開始予定時間が近づいてくるのを、緊張しながら病室で待つ患者さんの精神的な負担は計り知れない。出来る限り時間通りに、オペ室に受け入れることで、その負担を少しでも軽くしてあげたいのだ。
 
全ては患者さんのため。
そのためなら、雷のひとつやふたつ、お受けしようじゃありませんか。
 
ところで……。
オペ室と言えば、そのヒエラルキーの頂点、外科のドクターの存在を忘れてはならない。
私の名前など当然のこと、清掃人が所属する会社名すらご存じではないだろう。
ドクターが唯一気に留めること、それはもちろん「オペの無事成功」である。
 
ある時、
「ばかたれー! ばかたれー!!」
という叱責の声が、オペ室の外に漏れてきた。
あまりの激しい声に思わず、オペ室の扉についている小窓からそっと中を窺うと、患者さんの左右に、執刀している二人のドクターの姿があった。
そう言えばオペが始まる前、時々顔をお見かけするベテランのドクターが入室し、その後ろから若いドクターが入室していた。
 
普段、オペ室の外に漏れてくるのはオペで使用する機器の音ぐらいで、叱責の声が漏れてくることなど、異例中の異例だ。
 
何があったのかは、私には分からない。でも……。
オペの無事成功のため。
若いドクターへの叱責は、その瞬間、必要なことだったに違いない。
そして、その若いドクターのこれからにとっても、また、必要なことだったのだろう。

そのオペも無事に終了したようだ。看護師さんの動きも慌ただしくなってくる。
清掃人の私たちも準備を整え、患者さんの退出を待つ。
しばらくすると扉が開き、ベッドに横たわった患者さんが出て来た。ベテランのドクターも病棟まで付き添うのだろうか、一緒に出て来る。そのタイミングで私も入れ替わるように入室した。
 
と、その時、
「いつもありがとう。よろしくお願いします」
と、声をかけられた。あの、ベテランのドクターだった。
そんなことは初めてで、だから、私は不覚にも咄嗟に言葉が出なかった。
「おつかれさまでした」
かろうじてドクターの背中に向かって声をかけると、私は早速清掃にとりかかったのだった。
 
オペの無事成功のため。
私たち清掃人に出来ることなんて、せいぜい、オペ室を清潔な状態に整えること。それぐらいだ。
でも、オペはそこから始まるのだ。
その事に少しばかりの自負心を持って、オペ室清掃人は今日も行く。
 
あ。でも。
「いつもありがとう」
たまーに、でいいです。そんな声をかけて頂けると、もっと頑張ります!
 
 
***

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2018-03-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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