すべてをさらけ出せる人間になるために《プロフェッショナル・ゼミ》
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記事:小山 眞司(プロフェッショナル・ゼミ)
どうにもこうにも最近涙もろくて困る。
動物や子供を扱ったテレビ番組を見ると、もれなく泣けてくる。明らかに涙腺のパッキンが壊れているようだ。
高校野球においては、開会式の入場行進の時点で涙腺が崩壊する。
これだけなら単に「歳のせい」で涙もろくなっただけのよくある話であるが、僕の場合はそれだけでは済まされない点がある。
高校球児を見て涙している理由が単純に感動しているだけではないのだ。
高校生が頑張っている姿に感動しているのに加えて、自分の叶わなかった夢を実現している球児達への嫉妬からくる悔し涙の要素が少なからずあるのだ。自分は全く高校球児ではなかったのに、である。
おそらくキラキラしている彼らたちへの憧れから来る嫉妬心だと思う。
「僕もこんな風に青春を謳歌したかったなぁ」
「汗と涙の努力が実って羨ましいなぁ」
という羨望と感動が入り混じった複雑な心境で、子供のような年齢の球児たちに自分を投影して涙しているのである。全く歪んだ大人になってしまったものだ。
歪んだ理由はともかく、涙もろくなったことに関しては感受性が高まったと捉えて、喜んで受け入れている。しかし、その先にある僕の厄介な習性に関しては頭を悩ましている。
その習性とは、
「涙もろいのに人前では泣けない」事だ。
勘違いしないで欲しい。決して「男は人に涙を見せないもの」というような格好の良いものではない。
単に泣いている所を他人に見られるのが恥ずかしいだけである。
自分をさらけ出すことが苦手なのだ。
映画でもテレビでも本でもスポーツ観戦でも、一人だけの空間では泣きじゃくるくせに、そこに誰か一人でもいると、急に冷静になってしまう。せいぜい涙ぐむ程度が限界だ。
これを克服したいと思っている。あくまでも僕調べのデータではあるが、経営者でも、芸術家でも、タレントでも人を惹きつける魅力のある人は人前で泣ける人が多いと思う。そして、何よりも人望が厚い人が多い気がする。
「一度で良いから人に慕われてみたい」という大いなる野望を抱いている僕にとっては、自分をさらけ出せるようになって、人前で涙できるようになることが野望への近道かもしれない、と日頃から意識している。しかし未だ解決の糸口は見つからない。
先日学生時代のクラブで2学年後輩の披露宴に行った時も「涙もろい人物は人望がある説」が正しいと再確認できる事があった。
49歳にもなって未だ独身で結婚の匂いさえしない僕が言うのもなんだが、後輩の彼は一般的には遅めの結婚だった。披露宴は友人など、ごく身内だけが招かれた小人数の温かい宴だった。
そのめでたい席に2学年上の僕達同級生8人が招かれた。約30年ぶりに会うラグビー部のかつてのチームメイトは、身長190cm、体重130kgで主将だった石川をはじめ、全員見分けがつかないほど変貌をとげていたが、いざ会って話し出すと中身は当時のまま。いや、当時のままというより、当時のノリを取り戻したという方が正しいだろう。僕達は披露宴というめでたい席の事はすっかり忘れて、10代のノリで昔話に花を咲かせだした。人間関係も昔のままで、「今、俺の頭を叩くのはお前たちくらいだぞ!」などと会話が飛び交っていた。やがて披露宴のことをすっかり忘れてはしゃぎ過ぎている僕達を制するかのように司会の女性が開会の挨拶をはじめた。
「大変長らくおまたせ致しました。ただいまより新郎新婦が入場いたします。盛大な拍手をもってお迎えください」というアナウンスの後、会場の照明が落とされた。
「何だよ!今盛り上がってるところなのに!」
と少しだけ思いながら、僕たちはスポットライトが当たっているホールの入り口に注目した。「美女と野獣のテーマ」が流れ出し、扉が開き、少し昔の面影が残る後輩が美しい新婦とともに入場してきた。
「まさに美女と野獣じゃねぇか!」
と僕達は顔を見合わせて笑った。そして、ふとキャプテンだった石川を見ると、
号泣していた。
「えっ? もう泣いてんの?」「まだ始まったばかりなのに?」
と残りの僕たちはさらに笑った。石川はその後約3時間ずっと泣きっぱなしだった。おかげでクライマックスである新婦の手紙も、190cm130kgの巨漢石川の嗚咽のせいで台無しとなった。
僕達は泣きじゃくる石川をいじりながらも
「コイツ、昔と変わってないなぁ」と思って優しい気持ちになった。
奴は昔からそうだった。試合前に円陣を組んでキャプテン自らチームに檄をとばすのが僕達チームの恒例だったが、毎回彼は泣いた。「これから試合というのに何してんだ?」と思いながらも、何故かその涙でチーム全員の士気が高まった。僕たちは何度彼の涙に奮い立たされただろう。試合後も負けては悔しくて泣き、勝っても喜んで泣いていた。試合後に「みんなよく頑張ったな」とチームメイトの前でいつも泣いていたのをその場にいた全員が懐かしく思い出していた。そんな人前ですぐに泣く彼はチームの誰よりも人望があった。「気は優しくて力持ち」と検索したら真っ先にヒットしそうな石川を、僕は密かに昔から羨ましいと思っていた。同級生相手には口が裂けても言えないが、僕はやっぱり人望のある人は泣き虫が多いなと思った。
では、どうして僕は人前で涙を見せたり、感情を露わにできないのか。自分に自信がないからである。感情を露わにできるタイプの人種は自分に自信がある人だと思う。感情を表に出したことを馬鹿にされても「自分には人よりも優れているものがある」という自信が根本にあるから人目をはばからずに喜怒哀楽を表現できるのだろうと思う。
これと言った自信を持てるものが何もない僕には到底ムリな話だ。
これまでの49年の人生で、克服できるチャンスが全くなかったか、というとそういうわけではない。
人前で涙を見せることに少し近づいたことはあった。
これもまた結婚式の話ではあるが遡ること10年前、僕の妹の結婚式でのことだった。妹も若くはない年齢での結婚だったため、派手な披露宴を嫌がり、身内だけの本当に小さい食事会を披露宴の代わりにした。当然司会者がいるわけでもなく、派手な演出などもない。
単純にお互いの親族が集まって食事をするだけの会だった。食事が終盤に差し掛かった頃、親戚の叔父からの提案で、二人に祝福の言葉を順番に贈ることになった。僕の順番が回ってきたとき、普通に「おめでとう」と言おうとすると、言葉が出てこない。そして訳もわからず涙が溢れてきた。
僕と妹は小さい頃から襖一枚で区切られた部屋で育った。決して仲が良い兄妹ではなく、高校を卒業するくらいまでは3歳下の妹が邪魔でしかたなかった。辛くあたったり、迷惑をいっぱいかけてきた。小さい頃毎日ケンカして本気で手をあげていたことや、妹の部屋で当時の彼女とじゃれ合っていた時に学校を早退して帰ってきた妹に見つかり気まずくなったことや、ごく稀だったが仲が良かった時の事などが思い出されて、なんとも言えない気持ちになった。もちろん心の底から「おめでとう」という気持ちと、彼女が幸せをつかめて安心した気持ちと、ほんの少しの寂しさとが入り混じって、味わったことのない複雑な感情になり、涙が出てきて声にならなくなった。
その時僕は親戚の前ではあったが、人前で泣けた。恥ずかしかったがどうしても涙をとめることができなかった。これをきっかけに人前で感情をあらわにできるかもしれないと内心感じた。しかしそう上手くはいかないもので、次の瞬間、開きかけた僕の心がまた固く閉じられる事件が起こった。
泣いている僕に向かって母が「がんばれ」と声をかけたのである。この声を聞いて気持ちが急に冷めたのをはっきりと覚えている。他の親族たちのように黙っていてほしかった。何故なら、がんばってどうこうできる問題ではなかったからだ。母の「がんばれ」という声を聞いて、急に人前で泣いている自分が恥ずかしくなって正気に戻った。悪い人ではないのだが、僕の母親には感動に水を差してしまうところが昔からある。応援してくれるのは有り難いのだが、いつも間が悪い。さすがに今となってはこの類の声援が僕に向けられることはなくなったが、今はその矛先が姪と甥に向けられている。運動会や発表会で空気を読まないこの声援は健在なので、姪たちが将来僕のようにならないことを願うのみである。
ともかく、僕は一皮むけて人目をはばからずに泣けるようになるチャンスを、あと一歩というところで逃した。
それ以来、やはり人前で泣けない日々が続いている。涙腺自体はどんどん弱ってるのに。
こんな僕に、いつか感情を露わにできる日はやってくるのだろうかと思いながら、いつも立ち寄るカフェでこの原稿を書いている。そして提出期限がもう間近なのに、まだ出来上がっていないこの状況に焦って泣きそうになっている。この調子で行くと、感動の類の涙ではないが今日このカフェで、久しぶりに人前で泣いてしまうかもしれない。
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