反抗期のみなさん、ギリシャ神話へようこそ!
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記事:でこりよ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「これ面白いけん読まんね」
ある日、父から一冊の本を手渡された。
阿刀田高著『ギリシャ神話を知っていますか?』
当時、なぜ父が当時中学2年生だった私にこの本を勧めたのか、理由はわからない。
しかし、「あ、うん」と、愛想悪く受け取ったことだけは覚えている。
「反抗期」だったのだろうか。おそらくそうだろう。将来に対して夢や希望を持ちつつも、人生そう甘くはない、ということに薄っすらと気がつく年頃である。期待と恐怖のジェットコースターに無理やり乗せられてイラついているような、そんな気分だった。特別大きな問題を起した訳じゃなかった。いや、起こせなかった。むしろ、何か問題を起こす同級生たちを冷めた目で見ていた。スカートを短くしたり、カバンを薄くしたり、ポニーテールをてっぺんで結んだり、タバコを吸ったり……。どうせそんな事したって、注意されて、それで終わり。それで何かが変わる訳でもない。大人に注意されて、ただただ面倒臭い時間を過ごすだけなのに、なぜ自らそんな行動をするのか、私には理解できなかった。確かに、頭では理解できなかった。しかし、心はいつもざわついていた。わざわざ面倒な事をしでかす彼らの行動力に後ろめたさのようなものが、心の中でくすぶっていたのだ。そう、これだけはわかっていた。イライラの矛先は彼らじゃない。口ばっかりで行動力のない、意気地なしの自分に腹が立っていたのだ。
大人であれ、社会であれ、人間関係であれ、勉強であれ、あらゆるものに対する怒りや不満は、結局のところ、その源は自分に対する絶望だったように思う。絶望に慣れていない私の心は、どんな些細なことにも過剰に反応した。期待される自分とそれに対抗する意気地の無い絶望的な自分との戦いが、いわば反抗期という反乱を起こさせるのかもしれない。イライラする自分にイライラする。その反乱真っ只中にいたのだからニコニコとはしていられない。無愛想に受け取らざるを得なかったのだ。
父は昔から、自分の好きなものを一方的に教えてくれた。私が理解しようがしまいが、そんなのまったく気にするそぶりも見せず、「ベン・ハー」、「アラビアのロレンス」、「第三の男」など好きな映画やベンチャーズの音楽について嬉しそうに語る。私はそんな父を見て、またはじまった、とため息をつきながら「ふーん」と聞くだけだった。中学生になり、父に対して真っ向から反抗的な態度を取るまでには至らなかったものの、決して多く言葉を交わすわけでもなかった。しかし、どことなくイライラしている私を見かねて、父は得意の自分な好きなものを一方的に押し付けるという常套手段を使って、この本を読むよう私に仕向けたのかもしれない。
*ページ。ペラペラとめくる気を起こさせるに十分な塩梅のページ数だった。
ギリシャ神話。名前だけは知っている。堅苦しい説教くさい話が続くのであれば、パタンとすぐに閉じたであろう。しかし、何じゃこれ! 無茶苦茶やん!
私は唖然とした。狙った女は神であろうと人間であろうと、あらゆる手段を使って手込めにするゼウスの女癖の悪さとズル賢さ。裏切った男たちを世代を超えて永遠と呪い続ける女神たちの嫉妬深さと強欲さ。みんな自分のことしか考えてない。しかしなぜだか、神たちの愛憎渦巻く物語に一気に引き込まれた。人間ってマシやん、神様よりずっとマトモやん。
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ギリシャ神話は、「神」という文字が放つ崇高な世界ではなく、ただただ人間臭い、鼻をつまみたくなるカオスな世界だった。そうか、世界はカオスなのか。何が正しくて、正しくないか、簡単にはわからない。どんな立場の人間も中身は皆同じ。結局のところは自分のことしか考えてないし、欲のためなら手段を選ばない。だって人間を作った神様がそうなんだから。もしかしたら人間の方が、もうちょっとお行儀が良いかもしれない。でも、そんなにお行儀ばかりを気にしなくても良いのかもしれない……。そんなことをグルグル考えていると、私のイライラはいつの間にか消えていた。
あれからそれなりの月日が経ち、私に本を渡したあの時の父の年齢に近づいた。今でも何か起こると、神々の世界が無茶苦茶なのだから、私がイライラしたってしょうがない、という気持ちを忘れずにこれまでやってこれた。2010年10月に12年間連れ添ったパートナーが突然家を飛び出し、半年後に私の友人と結婚したことを知った時も、驚くほど冷静に受け止めている自分がいた。そして、そんな私を、父もまた、いつもと変わらずに受け止めてくれた。
2018年5月、今も変わらず好きなものに熱中し、嬉しそうに話しかける父に対して、相変わらず「ふーん」という返事しかしない私だけど、あの時とは違い、ニヤニヤと笑っている。それもこれも、あの無茶苦茶なギリシャの神々のおかげなのかと思うと、やっぱり神様って偉大なのかもしれないな、と観念した。
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