織物の、記憶。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:山本しのぶ(ライティング・ゼミ日曜コース)
幼い頃、聞いた話。
わが家では昔、お蚕さんを飼っていて、桑の葉をとってきて食べさせていたんだよ。お蚕さんから糸をとっていたんだよ
そういって祖母はわたしに青く染められた糸の束を見せてくれた。
いまでは使われていない奥の物置部屋にある古い糸繰り機や織機。暗くてひんやりとしたその部屋に入ることさえ怖かったわたしは、それがなにであるかもよく見ることができなかったけれど、わが家の歴史がそこに潜んでいる気がしてすこし誇らしかった。
織物をしてみたい。
そんな思いが生まれたのは大人になってから。それが具体的な行動につながったのはすでに30歳を超えてからだった。京都の北にある織物のスクールでは、年に数回、10日間の初心者向けのワークショップを開いている。前職を辞めて、すこし時間に余裕のできたわたしは夫に相談して夏の10日間家を離れ、ワークショップに参加することにした。10日間の合宿とワークショップ。まるで大人の夏休みのような特別な時間だった。
織物というと、織機の前に座り、がったんがったんと手を動かしているイメージだが、いちばん心を配るのは織機に糸をセットするまでの工程である。ここがうまくいかないと、実際に織り始めてからうまくいかない。失敗に気づいたら、その原因を探し、修正する。戻るべき場合は、思い切って戻る。ただし、絡まないように手順を追って丁寧に。いちばん大事な織機に糸をかける場面では、いちばん集中する。もちろん織り始めてからも気は抜けない。糸の張り具合、角度、打ち込み、端の処理。気にするところはたくさん。だけど、糸が布という平面になっていく過程が楽しくて仕方なかった。
いろんなことに不器用だった。失敗して、先生に修正してもらうこともたくさんあった。けれど、だんだん自分のペースが分かってくる。大事なのは、焦らないこと。そして、指先の感覚や動きを丁寧に使うこと。ゆっくりでも、行きつ戻りつでも、手を動かし続けていれば、着実に糸が布に変わっていく。足でペダルを踏みこむ。糸を通す。打ち込む。踏み込む、通す、打ち込む。だんだんとリズムができてくる。
スクールと同じ敷地内に寮がある。そこには、本科の学生さんとともに、ワークショップの参加者も期間中泊まることができる。部屋は個室か相部屋。10日間くらいだから相部屋でもいいかと相部屋を希望したらたまたま一人しか相部屋希望がおらず、結果的にひろい部屋に一人で過ごすことになった。部屋にあるのは、大きな机とベッド。あとは洗面所。お風呂は共同で、入れる時間が朝・晩それぞれ決まっている。食堂は朝・昼・晩ごはんつき。テレビは共同のリビングスペースに一台。いちばん近いコンビニまでは歩いて20分。
静かである。そして、すがすがしいほどにシンプルである。どうしても観たいと思うテレビ番組もなく、結果的に一度もテレビを観ることもなかった。料理やお風呂の準備はすべてしていただけるので、すべきことといえば部屋の簡単な掃除や洗濯くらい。あっというまに終わる。
朝起きて、身支度をし、食堂に向かう。同じワークショップに参加している方と一緒に朝ごはんを食べ、一度部屋に戻ってから教室に向かう。ほとんどが実践のなかで学んでいくワークショップなので、和気あいあいと、でも、真剣に時間が過ぎる。みなさん、とっても意欲的でおもしろい。一日の講座が終わったら、夕ごはん。部屋に戻って今日習ったことをノートにまとめたり、図書室へ行って関連する本を探したりして過ごし、ときには散歩に出てからだを動かす。お風呂に入ってから寝るまでは読書や書き物。断章のような言葉がぽろぽろとこぼれて落ちていた。すこし仕事の連絡をして、早めに就寝。
この生活がとにかく心地いい。街の喧騒を離れた、規則正しい生活。外からの情報も少なく、感情やリズムが乱されることも少ない。わたし自身のリズムにいったん立ち戻るような、そんな毎日だった。
ワークショップに参加してしばらくした後、実家に帰省し、改めて奥の物置部屋を探った。小さな頃は分からなかった織物の道具ひとつひとつの名前がわかる。いまではほとんど作られていない、竹で作られた貴重な道具があることもわかった。
祖母が教えてくれる。「おばあさんのお母さんが、自分たち姉妹のためにそれぞれの着物を織ってくれた」と。何十年と眠っていた道具たちを取り出して広げてみる。古い道具と古い糸が、昔の記憶を思い起こさせるようにそこに存在している。
織物というのは地球上で同時多発的に始まった、人類にとってとても古い営みだそうである。上下に分かれる経糸(たていと)のあいだを緯糸(よこいと)が交互に通ることで、糸が布になり、布から服ができる。一次元から二次元へ、そして三次元へ。
実家の奥深くで眠っていた記憶がわたしの目の前に広がる。そして、それをわたしが拾いあげる。祖母の、祖母の母の、そして、人類の記憶。一本の糸が布になるように、わたしはわたしの記憶を、言葉を、そっと織りなしていきたいと思う。
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