「友達」になった日のこと《プロフェッショナル・ゼミ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:べるる(プロフェッショナル・ゼミ)
「やっぱり怖いしダメなことだから、私は自転車で行くから……」
「ダメ!! 私が先に着いてたまちゃん(私)を待ってる時間が無駄になるじゃん。さ、肩につかまって!」
レイちゃんは、原付バイクで私の自転車を牽引して走ろうと言っている。時速30~60kmの原付を運転するレイちゃんに、自転車に乗ったまま引っ張ってもらうなんて怖いし、違法だし、嫌なのだけれど、レイちゃんを待たせるのは確かに申し訳ないし……と、レイちゃんの肩につかまる。
「レッツゴーーー」
レイちゃんは原付で農道をぶっ飛ばした。私は「自転車のバランスが崩れて事故になりませんように!」と必死で祈りながら、レイちゃんの肩と自転車のハンドルにしがみつく。
「30kmしか出てないし! たまちゃん、怖がりすぎだから」とレイちゃんは、怯える私を見て笑う。
私は怖がりで地味な高校生。一方、レイちゃんはギャルで行動派で怖いもの知らずな子。それなのに、何故かレイちゃんと私は仲がよかった。
レイちゃんとは、中学3年生の時に同じクラスで同じグループだった。だけど、そんなに仲が良かったわけではない。高校も別々だったし、相変わらず地味だった私と反対に、レイちゃんは高校デビューというものをして、ギャルになった。バイトを幾つかかけもちしてお金を稼ぎ、好きな服や化粧品を買って楽しんでいた。
そしてその全てを、私になぜか「一緒にしようよ」と言ってきた。
「たまちゃん、化粧ぐらいしようよ」
私に化粧を教えてくれたのも、レイちゃんだった。レイちゃんは、休みの日は1時間以上かけてばっちり化粧をする。鼻筋を高く見せる、目を3倍大きくする、頬を細く見せる、など色々な技と道具をみせてくれた。
「いや、私なんて化粧しても……」と尻込みする私に「とにかく座って!」と座らせ、ファンデーションの塗り方や、ビューラーを使ってまつげをカールさせるやり方など、基本的なことを教えてくれた。「派手にはしないで……」と言う私に「じゃあ、最低限だけね。でもさー、こんな化粧じゃすっぴんと変わらないけれど、いいの?」とレイちゃんは言った。
レイちゃんが「すっぴんみたい」という化粧をした私は別人みたいで、大人になったような気がして、嬉しかった。
「ほらー。してよかったでしょ」とレイちゃんは勝ち誇ったように笑って、2人でドラッグストアの化粧品売り場の試供品を沢山試して遊んだりした。
「ねぇ。たまちゃんもそろそろ髪の毛染めてみようよ」
初めて髪の毛を染めた時も、レイちゃんに勧められたからだった。レイちゃんが何度も「一回やってみようよ!!」と言うので、してみることにしたのだ。
「たまちゃんの髪の毛は剛毛で色が入んないから、一回ブリーチしてから色を入れよう」
レイちゃんはドラッグストアで、私の髪の毛を染める用具を選んでくれた。レイちゃんに言われるがままに染めてみたら、落ち着いた茶色ではなく、金髪みたいな色になった。
「あれ? 何か思ってたのと違う。金髪っていうか、ミュージカルのアニーみたい。あははははは!」
レイちゃんは他人事みたいに笑った。
「ちょっとー! こんな髪の毛の色、恥ずかしいよ!」
「えー、大丈夫だってー。ぎゃはははは!」
それから色が再び入るまでの1ヶ月ほど、私はアニーみたいな金髪だった。母親にも友達にも「何!? その頭!」と言われて憂鬱だった。
レイちゃんは、自分の欲望に素直だった。髪の毛が染めたかったら染めるし、服が好きだったら買う。もっとかわいくなりたかったら化粧を研究する。「こんなことしたら先生に怒られる」とか「こんなことしたら、周りの人にこう思われる」なんて全然考えなかった。
そんな欲望に素直なレイちゃんに一番驚かされたのは、やっぱり恋愛関係だ。
レイちゃんは高校生になってから恋愛にも目覚め、付き合っては別れてを繰り返していた。
その話を私はいつも聞かされていたのだけれど、なんというか「すごいね……」という感じだった。彼氏もいなくて、恋愛なんてものは少女マンガの世界だと思っている私に、山田詠美の世界の話をされているようなものだった。
なんか、すごいなぁ……。別世界だなぁと思う私に、レイちゃんはまたしても「一緒に遊びに行こうよ」と誘うのだった。
その日は、レイちゃんと、レイちゃんの先輩(女)と私でご飯を食べていた。そして、この後、レイちゃんと先輩は男の子と遊びに行くから「たまちゃんもおいでよ」というのだ。
「いやいやいや。行かないです。行かないですよ」
私は全力で首を振った。
「えー、何でよ? たまには一緒に行ってくれてもいいじゃん! たまちゃん一緒に行ってくれたことないじゃん」
「いや、いや、もう私にはそういうの無理だから……。怖いし。私は帰るし2人で行ってください」
全力で断る私を、2人は「行こうよー」と説得してくる。
「たまちゃん、何か勘違いしてない? 全然怖くないよ。私も先輩も誰とだって寝ないし。自分がいいと思わないと寝ないし、嫌だったら断ればいいんだから。そんなに自分を安売りしてないしさ。ただ一緒に遊ぶだけだからさ」
いやいや、たぶん、何も勘違いしていないです……。
私はこんなに夜遅くに男の人と遊んだことないし、遊びたいと思ったこともないし、男の人と「寝たい」と思ったこともないし、色々想像の範囲を飛び越えてて、絶対に無理です……。わからないことは、怖いです。それに、私だけ地味だし、浮いてるし……。
「いや、あの、私は地味なので、いいです……」
と言うと、またしても2人して「何で? 関係ないじゃん」と言うのだった。レイちゃんも先輩も派手で美人だった。それに引き換え私は、地味と言うかただの冴えない子だ。遊びに行くのに不釣合いでしょう、と思う。
「私はたまちゃんだから誘ってるんだよ。たまちゃんと行きたいから」
レイちゃんは、よく言う。たまちゃんだから、と。
「やっぱり、私は行かない。2人で行ってきて。ごめんね」
ちゃんと言うと、レイちゃんはいつも分かってくれる。
「分かった。じゃあ、先輩、たまちゃんを家まで送ってから、行きましょう!」
そして、断った私をきちんと家まで送ってくれる。
レイちゃんと一緒に、昼間のツタヤの駐車場でナンパされた時もそうだった。
相手は私達より5歳年上の23歳と言っていて、2人組みの1人がすごくレイちゃんを気に入って、どうしても「これから4人で遊ぼうよ!!」と言ってしつこかった。
“ナンパを断るのはブスの方”というセオリーどおり、このときも「行きたくない」と言ったのは私だった。レイちゃんは行く気満々だった。
でも、私は絶対に嫌でレイちゃんに「私は帰るから3人か2人で行って来なよ」と提案した。
「じゃあ、断るわ。今はたまちゃんと遊んでるんだから」
レイちゃんはそう言うのだ。
「いやいや、いいって。遊んできて。私が勝手言ってるだけだから。私が「いいよ」って言えばまとまる話なのに……。ごめんね」
「いいよ、全然」
レイちゃんはそう言って、ナンパ相手と連絡先を交換して、別れた。
この時、レイちゃんが私を置いて言ってくれたほうが気が楽だった。
レイちゃんは、何で私のことをいつも遊びに誘ってくれるのだろう。私は地味で怖がりで、レイちゃんのすることに「いいね! してみよう!」と両手を挙げて賛成することが出来ない。いつだって「本当にするの?」と言ってみたり、こんな風に断ってみたり。レイちゃんのためになっているのか、レイちゃんはこれで本当にいいのか、いつもどこかで感じていた。
それでも高校も違うのに、レイちゃんの方から頻繁に連絡をくれる。
それでもいいのだと、思う。それでもいいのだと思うけれど、本当にいいのか、分からなかった。
それからも、私とレイちゃんは相変わらずの関係だった。
高校を卒業して、レイちゃんは就職して、私は大学に進学するために地元を離れた。それでも2ヶ月に一度はレイちゃんと会っていた。
レイちゃんはやりたい仕事が出来ると全力で叶え、叶えてしまうと「あれ? これじゃないかも」という繰り返しで、自分に合う仕事を探していた。仕事に対しても欲望に素直だった。
レイちゃんの様子がおかしくなったのは、就職してから1年半後のことだった。レイちゃんには就職してから、友達の紹介で知り合った4歳年上の彼氏が出来て、1年以上付き合っていた。レイちゃんもずっと真面目にその彼氏と付き合っていたのだけれど、この頃からレイちゃんはまた夜に男の子と遊びに出かけるようになった。それにコンパニオンのアルバイトも始めたのだ。
そしてそこで知り合った男の人にお金を貢がせるようになった。
「それって、援助交際じゃん!!」
と声を荒げる私にレイちゃんは「違うよ。だって、手もつないでないもん」と、あっけらかんと言うのだった。
「まぁ、今は食事代を出してもらったり、服買ってもらったりするだけなんだけど。お金もくれないかなーって思ってるんだよね」
「なんで? レイちゃん、彼氏いるよね? 何でそんなことしてるの?」
「何でって、だって私にそれだけの価値があるでしょう? 私のこと好きでデート出来るんだから、出してもらって当然でしょう」
いつものレイちゃんの発言とは思えない言葉だった。
レイちゃんはいつも、自分のほしいものは、いつだって自分で手に入れてきた。それなのに、どうしたのだろう。いつもと違うレイちゃんの言葉に戸惑うものの、その時の私はレイちゃんに何も言えなかった。
「あいつさ、給料日まで待って欲しいって、泣いて土下座したんだよね。私にはそんなに価値がないの? 私は1万円も払ってもらえないような女なの?」
それから2ヶ月後にレイちゃんに会ったとき、レイちゃんは怒っていた。前から食事や服を買ってもらっていた男の人に、お金を貰おうとしたら、そう言われたのだという。
「一万円て。そんなの本当に欲しいの?」
「……わかんない。でもあの男に貢いでもらおうってことばっかり考えてて、最近自分で自分のこと、大嫌いになっている。でも、そうじゃなかったら、自分の価値がないような気がして辛い……」
いつだって笑ってばかりいたレイちゃんが、初めて私の前で弱音を吐いた。
「っていうかさ……最近、ずっと彼氏のことが信じられないんだよね。平日は仕事で疲れてるから会えないって、本当だと思う? 『何してるの?』って聞いたら『家にいる』っていうんだけど、本当なのかな?」
レイちゃんはそう言って泣き出した。
え、レイちゃん!? レイちゃんが泣いたところなんてみたことがなかったから、私は驚いた。
「信じられないって、辛いねぇ……」
そう言うレイちゃんから、どんどん涙が溢れていた。
あぁ、そっか。レイちゃんて寂しかったんだと、その時思った。
レイちゃんの彼氏には一度しか会ったことなかったけれど、私には言葉の通りに、平日は疲れて家にいるんだろうな、と思った。ほとんど確信に近かった。
平日は仕事をする。休日は友達とフットサルをする。レイちゃんと遊ぶ。それで満足できる人だと思った。
一方、レイちゃんは、それでは不満だった。そういえば以前に「束縛もされなくて、つまんない」と言っていた。
レイちゃんの彼氏は、レイちゃんより大人なのだ。いつも連絡を取っていたいタイプではないのだ。だからレイちゃんは寂しくてコンパニオンのバイトをしたり、遊びに行ったり、貢がせて自分に価値があると思わせたりしているのだ、と思った。そして、自分のしていることがめちゃくちゃだから、相手も信じられなくなっているのだ。
「レイちゃん、彼氏さんはさ、絶対に家にいるよ。今から見に行こう」
根拠はないけれど、確信があった。もしかしたら、友達の家に行っていていないかもしれない、とも思うけれど、それでも9割方、レイちゃんの彼氏は家にいる。
それを見たら、レイちゃんも信じられるだろう、と。
「いやいや、怖い。怖い。行けない」
「大丈夫、大丈夫。絶対いるから。一緒に行くから、行こうよ。レイちゃん、怖がりすぎ」
いつもは私が怖がっていて、レイちゃんが「大丈夫」という役なのに、この日は逆だった。私が怖がるレイちゃんを説得して、彼氏の家まで、彼氏が本当に平日は家にいるのかを確かめに行った。
「あった……。たまちゃん、あったよ! あった!!」
彼氏さんの家に彼氏さんの車があり、ちゃんと家にいることがわかった。
「よかった。よかった! たまちゃん、ありがとう」
レイちゃんはまた泣きながら、私に何度も「ありがとう」と言ってくれた。
泣いているレイちゃんを見ながら、私は初めてレイちゃんの役に立てたような気がした。
いつだって、レイちゃんの提案に乗り気になれないことに引け目を感じていた。何でレイちゃんて私と仲良くしてくれるのだろうと、心のどこかで思っていた。
でも、この時、私でもレイちゃんの役に立てるんだ、と思うことが出来た。この時、私は初めてレイちゃんと対等で「友達」なんだと、実感することが出来たのだ。
あれから、レイちゃんは会社の都合で思いがけず営業の部署に回されたのだが、それが思いのほかハマり、仕事が充実したようだ。またハンドメイドにもハマリ、仕事以外の時間はハンドメイドで作品を作ることに没頭し、彼氏と会えない時間も寂しく感じなくなったみたいだった。もちろん、あの男ともすぐに別れた。
私にはあれから半年ぐらいずっと「本当にありがとう。たまちゃんのおかげだよ」と何度も言い続けてくれた。
いえいえ、こちらこそ。
私に話してくれて、ありがとう。私を「友達」にしてくれて、ありがとう。
***
この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
http://tenro-in.com/event/50165
天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら
天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
天狼院書店「京都天狼院」
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
【天狼院書店へのお問い合わせ】
【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。