クレーマーは減らせるかもしれない《プロフェッショナル・ゼミ》
*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:よめぞう(プロフェッショナル・ゼミ)
※事実を元にしたフィクションです
「お客様は神様とは言わないけどさ……」
え、ちょ……マジで!? この人マジで言ってんの?
電話越しの声に対して、私は驚きを隠せずにいた。
私が勤める会社は、いわゆる車の販売会社。
車を売るのはもちろんだが、そのあとのアフターサービスである車両のメンテナンスも行なっている。そこで、私は営業事務として働いている。
今日は、朝からツイてなかった。寝坊はするわ、化粧ノリはイマイチだわ、ストッキングは電線するわと、とにかく運に見放されていた。
そして、トドメにこの電話と来たもんだから、今日は厄日に違いないと確信した。声の主はアラ還の男性の方だった。聞くところによると、予約していたメンテナンスの日にちを変更したいということだった。変更の日にちが、たまたま予約で埋まっていたため、別の日を案内したところ、穏やかだったはずの男性の声色はみるみるイラついた大きな声に変わっていった。
「お前らのところは、本当にサービスがなってない! そんなんで客商売が務まると思っているのか!?」
私にできることは、謝るしかできなかった。予約制とはいえど、無理に予約を入れようと思えばできなくはない。けれども、一度それを許してしまうと「前はしてもらえた」と、特別な対応が「当たり前」になってしまう。そして、場合によっては、ほかのお客様にも迷惑がかかってしまうのだ。だから、今の私にできる最善策は、電話越しの彼に「納得して頂いて」日程の変更をしていただくしか選択肢はなかった。もちろん、彼は納得するどころか、さらにヒートアップしていった。
「そもそも、なんでこっちは車を入れてやっているのに持って行かないといけないんだよ。そういうところ! そういう横着な姿勢がお前らはいけないんだよ」
彼の言うことには一理あった。確かに、このご時世「車のメンテナンス」なんてどこでもやっている。場所によっては、買ったところ以上に安価にメンテナンスをできるところだってある。それなのに、わざわざ高いお金を払って「メンテナンスをしてくれている」のは、お客様の言う通り事実だ。それに、今は「来店型」といってお客様に来ていただくスタイルが定着しつつあるけれど、一昔前まではお客様の自宅へ預かりに伺うことが「当たり前」だったのだ。だから、電話越しの彼が言うことは決して「間違いではない」のだ。会社の都合とお客様のニーズの板挟みになりながらも、私はとにかく謝ることしかできなかった。謝ってはお叱りを受ける、というやりとりを何分続けただろうか……
「お客様は神様とは言わないけどさ……もう日程は良いって歩み寄ってやってんだからさ、アンタもう少し歩み寄る気持ちとかないの? もういいよ、他所に出せば喜んで取りにきてくれるところだっていっぱいあるわけだし、もういいよ」
一瞬、私はゴクリと唾を飲み込んだ。
私の返事次第によっては、大切なお客様を失うことになる。貴重な売り上げが減る。でも、どうしても納得がいかない。本当なら「こっちだって願い下げだ!」って声を大にして言いたいくらいだ。会社員という肩書きが、どうしてもそれをさせてはくれない。会社に守られている以上、一個人の感情で対応することは会社員として決してあってはならないのだ。私は悔しい気持ちをグッとこらえ、喉の奥から冷静な言葉を絞り出した。
「こちらの勝手を聞いてくださり、大変申し訳ございません。私が当日、車をお預かりに参ります」
「あーホラ、できるんじゃない。じゃあ当日よろしくね」
彼はそう言うと、ガチャっと乱暴に電話を切った。
ツー、ツーと虚しい音が私の耳に流れている。
厄日だ……ここまできたら塩でも撒いた方がいいんじゃないか?
イライラが抑えきれなかった。「お客様は神様」なんて、よくもまあ言ったもんだ。私は「お客様は神様」だと思い上がっているオトナが大嫌いだ。どんなにイケメンで、どんなにお金を持っていても居酒屋なんかで「おい、ビール」と店員に横柄な態度を取る人を見ると、一気に冷める。だって、私たちは「お客様」の立場になることもあれば「売り手」側の立場の時もある。だから、商売において「どちらが上」とか考えること自体間違いで、むしろ「お互い様」だと思っている。お互いの関係が出来上がった時に初めて「お客様」には安心してもらえるし「売り手」も、この人のためにしてあげたいと心から思うからこその「お客様は神様」なだけであって、誰でも「神様」になれるなんて勘違いも甚だしいのだ。
さらには、人生を知り尽くしているはずの「大ベテラン」がこんな状態では「老害」というか、世も末だ。私は念仏のように「私はカイシャイン、カイシャイン」と唱えながら、電話越しの彼と対面する日を待った。
ジリジリと照りつける太陽の下、私は大きな玄関の前に立っていた。
チャイムを押してしばらくすると、扉の向こうから白髪の紳士がやってきた。
「わざわざ暑いのにすまんかったね。今日はよろしくお願いします」
声を聞いて私はビックリした。電話越しで、あんなに怒鳴っていたはずの彼はきっと意地悪そうなジジイに違いないと思っていた。けれども、目の前にいる彼は、草木を愛する心優しい紳士だったからだ。暑さと驚きで目をパチクリさせていると、目の前の紳士は「いやー本当に来てくれて助かったよ」と言いながら、いろいろな話を聞かせてくれた。
どうやら、以前までは違うところでメンテナンスをしていたそうだ。その時の対応が良くなかったらしい。車を売るときだけ熱心で、後のことは放ったらかし。連絡をしても返事がこない。積もり積もったイライラが爆発して、違うところに持っていく! と思い立って連絡をしたところ、私が電話をとっていまに至ったようだ。
ちょっと、八つ当たりというか、とばっちりというか……複雑な気持ちになった。何も、私じゃなくてもいいのに。
けれども、それ以上に目の前の紳士に対してどこか申し訳ない気持ちにもなった。私がしたことではないにせよ、目の前にいる、穏やかそうな年配の男性が電話越しで怒鳴るくらいにまでイライラしているのは、決して普通のことではない。もしかしたら、以前対応していたお店の人が誠意ある対応をしていれば、きっとこの人は「お客様は神様だ……」なんて口に出していうようなことはないだろうし、ましてや「クレーマー」まがいの人にもならなかっただろう。「クレーマー」と呼ばれる人たち全てとは言わないけれど、ひょっとしたら彼らの中には「天然物のクレーマー」以外に私たち「売り手側が生み出したクレーマー」もいるんじゃないだろうか?
自分が「お客様」の立場を思い出しても、なかなか思っていることの半分くらいは黙っていることの方が多い。直接言えば済むことなんだろうけど、どうしても「あいつクレーマーだわ、うざー」とか思われたくない。こりゃ勘弁ならないと思って言うときは、もうそこには行かない覚悟で言う。「お客様は神様」なのかもしれないけれど、やはり人間なので仏様のような深い心を持った人なんてそういるわけじゃない。なんでもかんでも許せるということはない。
「売り手側がクレーマーを生む」ことに、私は自分が怖くなった。
クレームや、厄介ごとは嫌いだし、できれば避けたい。だけど、こうして「無意識にクレーマーを作っているかもしれない」ということの方が何倍も恐ろしい。
「うわー、クレーマだわ。やだなー」なんて呑気に言っている場合じゃなかった。本当に「お客様と売り手がお互い様」と思うなら、もっとお客様としっかり向き合うことが何よりも大切なんだと、人生の先輩から教えてもらった。私がもっと早く電話でお客様のホンネを引き出せていたら、もしかしたらお客様はお店に足を運んでくれていたかもしれない。あの時、私が電話でとった行動はもちろん間違いではない。だけど、お客様を思った対応だったかといえば、そうではない。
お客様も10人いればそれぞれの考えや好みもあるので、どの接客が正解かなんて誰にもわからない。ただ、ホンネをぶつけ合えるような関係を気づけたら、お客様も売り手もお互いにとって win-winになるように思う。
社会人になって、もう7年が過ぎた。
営業をしていた時も、事務職をしている今も、毎日「私のやっていることは本当に合っているんだろうか」と考えない日はない。正直なところ、あまり自分の仕事ぶりには自信はないし、いつも「陰で何か言われているんじゃないか」とビクビクしている。ただ、それでも私ができることは、前を向いて目の前のお客様としっかり向き合うことだけだ。私に「会いに来たよ」と言ってくれるお客様が一人でも増えるように、今日も真っ直ぐ仕事に向かう。
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