メディアグランプリ

つづきは掃除の後に


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:コバヤシミズキ(チーム天狼院)
 
 
季節外れの大掃除なんてするもんじゃない。
ほこりが舞うからと開けた窓から、熱風が吹き込む。
「あっつ」
集中力なんて、とうの昔に切れていた。
片付けできない人間のテンプレ通り、私は大昔のプリントの分別から始めるという愚行を犯していたのだ。終わりが見えない。
それでも、自分を励まして再び手を伸ばしたその先、薄い冊子が目につく。
「ああ、これ。懐かしいな」
パラパラとめくると、自画像とプロフィール。
小学生の頃書いたそれは、同級生たちの顔を思い出させるには、少しばかり不親切なものばかりだった。
ふと、あるページで手が止まる。
ニコニコと笑う女の子の絵。絵が得意なのだろう。濃い鉛筆で『将来の夢:画家!』と書かれている。
「へえ」
案外覚えていないことばかりだ。
好きな食べ物も、好きな教科も、一番仲の良かった友人も。
そして、再び似顔絵の横を目でなぞる。
『名前:小林瑞季』
紛れもない、私のページ。
A4いっぱいに書かれたそれをもう一度書くのは、きっと苦じゃない。
でも、将来の夢の欄だけは、今の私には埋められそうになかった。
 
最初の夢はなんだったっけ。
幼い頃から変化に変化を重ねた夢は、思い出すのが難しいくらい膨大に積み重なっている。
そもそも、小さい頃から『将来の夢』が変わっていない人ってどのくらいいるんだろう。
「将来の夢? めちゃくちゃ変わったよ」
たいていの人が、こう答えるんじゃないかなって信じてる。
かくいう私も、お花屋さん、建築士、画家、音楽家、あとはなんだっけ。
将来の夢だけでテーマパークが建てられそうだ。
……それでも、最初の『将来の夢』が思い出せないのは、本気で志したことがないから。
「私ね、将来これになりたいんだ!」
なんて語り合うこともなく、心の中に仕舞って自然消滅。コレの繰り返しだった。
ただなんとなく好きなものを挙げているに過ぎないのだ。
花が好きだから、ビフォーアフターにハマっていたから、絵が好きだから。
……だけど、『好き』を仕事にするなんて、なんだか現実味がなくて。
「とりあえず、デザイナー職を探そうと思います」
なんて最後は言っていたのに、結局就いたのは違う職だ。
“好きなことを仕事にしたい”
小さい頃、その思いでいっぱいだった胸は、今じゃ現実に吸い取られてスカスカだ。
想像つかない未来に怯える己自身に、無謀を強いるほど私も厳しくない。
だけど、諦め続けた過去の私に、ほんの少し後悔している自分もいるのだ。
 
はたと思い立って、掃除機を止める。
「大人になったら『将来の夢』ってどうなるんだ」
今の私は、この部屋の床みたいにスカスカで、将来の夢なんてどこにも見当たらない。
就職先が決まった今、早々に先の転職を考えることはできそうもない。
だけど、それを言い訳にするのは何だかおかしい気がする。
「これは、大人の仲間入りの証拠ですか」
今まで聞いた大人が語る『将来の夢』は、どれもこれも自分の身を案じるものばかりで。
それを『将来の夢』と呼ぶのは、違う気がした。
「大人に『将来の夢』はない」
大人を邪険に扱ってきた先入観が、今になって私の身に降りかかっている。
それでも父のように“家族で楽しく”なんて、他人のために自分の夢を消費することはできそうもなくて。
結局、また空っぽの私に、振り出しに戻るのだ。
 
だけど、まあ、案外世界は広いもので。
天狼院書店がきっかけで始めた、三大SNS(私が勝手に呼んでいる)の最後の一つには、めちゃくちゃ大人の『夢』があふれていた。
『今日はこの映画を見ました!』
『あのイベントに参加しました!』
『めちゃくちゃ楽しかった!』
TwitterとかInstagramに比べても、年齢層は高いはずなのに、大人のはずなのに『夢』があふれていたのだ。
「もっとスレてると思ってたのに」
私が想像していた大人の辛い日々なんて綴られてなくて、むしろみんな楽しそうに文字を綴っているのだ。
「あれ、でもこの人本職はこんなお堅いんだ」
偶然見つけたその人は、てっきり好きなことを仕事にしている人かと思っていたのに。
本職とはかけ離れて感じる“好きなこと”は、将来の夢じゃなかったのだろうか。
「いや、違うな」
きっとこの人も、将来の夢を捨ててしまったのかもしれない。
それでも、私と違って悲観的じゃないのは、その夢を未だに追っているからだ。
私のように墓を建てて悲観するだけじゃなくて、今更もう一度向き合っているからだ。
「すげえな」
思わず呟いたその言葉には、“大人なのに”というちょっとした皮肉と、
「いいなあ」
羨む私の本心が滲んだまま、再び電源を入れた掃除機の音に吸い込まれた。
 
やっぱり、大掃除なんてやるもんじゃない。
続かない集中力に、いっそ笑えてくる。
「床は見えたし」
床を埋め尽くしていたプリントは、紐でくくって既にゴミ捨て場だ。
……だから、私の手元にあの薄い冊子は残っていない。
「まあ、儚い夢だった」
冊子とともに捨ててしまった夢たちを、今更叶えようとは思わない。
ゴミ処理場で何度も何度も押しつぶされて、バラバラになるのだろう。
「大丈夫、後は追うから」
でも、『将来の夢』は断ったとしても、好きなことをためらう必要はない。
だって、私は大人になる。
『夢』を追う権利がある。
古紙が再生紙になるように、もう一度繰り返したって許されるはずだ。
「とりあえず、続き書こうかな」
思い出した最初の夢、綺麗にしたらひょっこり顔を覗かせたのがいじらしい。
『しょうらいのゆめ:しょうせつか』
今度こそ、私の夢物語を完結させよう。
掃除もそこそこに、私は『私の夢』を追うために、再びWordを立ち上げたのだ。

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2018-08-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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