メディアグランプリ

「助けてくれた彼に敬意を」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【3月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《火曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:蘆田真琴(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「さて、行きますか!」
言葉の勢いとは反対に、気持ちは憂鬱だった。
 
空は灰色。そこから落ちてくるのは大きな牡丹雪。ため息交じりに家を出る。
 
当時中学生の私は、普段自転車通学をしていた。しかし、この日は道の上にも既に30センチ以上の雪が積もっていた。自転車のスポークとタイヤカバーに雪が詰まり、かえってひどい目に遭うことは目に見えていた。
 
更に、親とはどことなく気まずい気持ちになる年頃である。頼んで車で送ってもらおうなどという考えは最初からなく、徒歩以外の選択肢はなかった。
 
慣れた道ではあるが、やはり徒歩で行くとなると時間がかかる。私はいつもより早めに家を出た。
 
雪道は子どもの頃から歩き慣れている。多少派手に転んだって、びしょびしょになるくらいだ。積もりたての雪なので、アイスバーン化もしていない。
 
“ゆっくり”歩いていけば大したことはない、はずだった。
 
雪は激しさを増し、急ぐ気持ちが歩行スピードにも比例してきたのがわかった。吐く息は白く、メガネが曇っては晴れを繰り返していた。学校に続く坂道を登りきったときにはすっかり息が上がっていた。
 
体が熱い。くしゃみが連続して出る。鼻が詰まって口で息をする。
 
これは……
 
しまった、と思った時にはもう遅かった。
 
首を絞められたようになり、息ができない。
 
『運動誘発型の寒暖差アレルギー』
 
それが私の気持ちを憂鬱にさせた原因の、最たるものだった。
 
(さすがに……ここまでか……)
 
朦朧とする意識の中、なんとか歩き、学校は目の前……距離にして80メートル程の、誰にも踏み荒らされていない新雪の上に、私は傘を投げるように置き、しゃがみこんだ。
 
学校の近くだ。人が踏みしめてついた道からそう離れてもいない。登校ついでに誰かが先生を呼んでくれるだろう。ぼんやりする意識の中で、私は冷たい雪にうつ伏せた。
 
雪が音を消して、とても静かになった。
 
時折、そう小さくない複数の足音と喋り声が聞こえてきた。
 
小さかった音は、やがて徐々に大きくなって、また小さくなっていく。
 
何度足音を聞いても、ただ通り過ぎていくだけだった。
 
誰も助けてくれない。
 
もしかしたら「ふざけて遊んでいる」と思われているのかもしれない。
 
「不審者には近づいてはいけない」とでも思われているのかもしれない。
 
友達の話に夢中で、周りが見えていないのかもしれない。
 
さしている傘で隠れて見えないのかもしれない。
 
でも。
 
それにしたって、人間ども……
 
あまりにも冷たい。
 
まあいいや、と腹をくくる。普段なら体温と外気の差が小さくなってくれば治る話だ。それならこのままでいようと決めた。
 
ワントーン落ちて暗くなってきた視界にチカチカと星がチラつく。
 
(これは……今までにないなぁ……)
 
死ぬかもしれない、と思った。
 
その思いに関して特別な悲壮感はなかったが「学校の80メートル手前で行き倒れて死ぬ」なんて情けないな、とは思った。
 
「歩行ペースの見積もりが甘かった」と親は呆れるだろう。もしかしたら、何年後かの同窓会で「こんな風に死んだヤツがいたなぁ」と酒席のネタにされるかもしれない。
 
嫌だなぁ。そんなことを考えていた。
 
頭に酸素が回らない状態で考えることなんて、ろくなものではない。
 
私は呼吸だけに集中することにした。ここまで助けてもらえないとなると、もう信じられるのは己だけだった。
 
突然、明らかに人と違うペースの音が近づいてきたと同時に、頰にべったりとした暖かいものを感じた。同時に荒い息の音が耳元で聞こえた。
 
視線だけをやると、芝犬が白い息を見せ座っていた。その顔は笑っているようにも見えた。
 
もう一つ、足音が聞こえた。音が止み、声がした。
 
「こりゃ大変だ! 先生呼んでくるからしっかりしな!」
 
犬の飼い主さんが、追いかけてきて制服姿の私を見つけてくれたのだった。体をゆっくりと起こし、息ができることを確認して、犬と一緒に走っていく人を見送った。
 
(ああ、助かったんだ……)
 
頭は酸素不足でぼんやりしていたが立ち上がり、学校に向かってゆっくりと歩くことにした。体温と外気の差が小さくなって、救急車が到着した頃にはほとんど元に戻っていた。
 
救急車に乗ることは丁重にお断りしたが、先生の「中学の思い出に乗ってけ!」と訳のわからない言葉とともに強制的に乗せられてしまった。
 
それを窓から好奇の顔で見ている生徒たち。
 
誰一人助けてくれなかったのに、こんな時だけ……と思うと、悔しいやら恥ずかしいやら情けないやら。今すぐ穴を掘って入りたい気持ちになった。
 
翌日、私は倒れた場所を見に行った。
 
そこには自分の倒れた形に雪がへこんだ跡と、飼い主さんと助けてくれた恩犬の歩き回った様子の分かる足跡があった。
 
結局、その日以降、芝犬と飼い主さんに再会することは叶わなかったが、私は今でも冬に飼い主と散歩中の芝犬を見ると、あの時の暖かい温度と息を思い出す。
 
そして何やらありがたいような、なんとも言えない幸せな気持ちになって、敬意をもって、ふと足を止めて見送ってしまうのだ。
 
 
*** この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
http://tenro-in.com/zemi/69163

天狼院書店「東京天狼院」 〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F 東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」 〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN 〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


2019-02-13 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事