「感動」とは「期待値を超えた」時に自然に溢れ出るもの。
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:高宮 翼(ライティング・ゼミ特講)
「もしよろしければ、このおしぼりご利用ください」
「あ、ありがとうございます」
10年経たないくらい前、私と弟は北海道から東京に帰る
飛行機の中にいた。
そこで、弟は、今で言う「空弁」を食べようと
飛行機のテーブルを出したところに、
CAさんと冒頭のやり取りがになった。
弟はとても感激していた。
このことは、CAさんにとっては、
「普通の出来事」なのかもしれない。
けれども、受け手である、私の弟にとっては、
予期しない、サービスを受けた。
これは彼が感動した理由なのだと、私は今になっても思う。
私がその後、自分が提供するサービスで、お客様が
涙を流してくださることが起きるとは、
全く予想だにしなかった。
私は、しょっちゅう「感動」して、
涙を流すタイプだ。
ある時はオペラを観て感動し、涙を流しながら
「ブラボー」と小さい声でつぶやき、
またある時は、ライブに行って感動し、
「アンコール!」と叫び
そして、小説を読んで感動し……
多分、私は「感動の沸点」が人より低いんだろうとは思う。
さて、こんな私だが、サービスを提供する側にいたことがある。
10年くらい前のことであろうか。
北海道のあるリゾートホテルに住み込みで働いていた。
これも、感動が理由なのだが、
このホテルの総支配人が書く
「サービスとはなにか?」
「サービスとは哲学である」
非常に感銘を受けて、東京のプロバイダーの
重要な仕事を捨てて、北海道に転職をした。
正直なところ、給与は2/3くらいまで落ち込んだ。
そして、総支配人の書いた本と、
現場の実態にあまりの乖離を感じて、
「転職失敗したかな?」
と思ったこともあった。
そのホテルで私は簡単にいうと
料理を提供するサービス側のお仕事をした。
ホテルマンであるが故、「ウエイター」という
お客様を待たせる前提の単語はふさわしくないと、
私は私なりに勝手にそういう哲学を持っている。
これは総支配人の本の影響である。
さて、北海道のリゾートホテルでは、
普通ではありえない、いろいろなことが
あった。
例えば、朝食にシャンパンをご提供する。
お客様は非常に感激される。
「リゾートホテルに来た感」を満喫してほしい
という、総支配人の思い入れから、
ホテル創業時からの伝統である。
私が北海道に赴任したのは1月の初め。
空港から乗り換えの駅のホームにたどり着くと
「骨が痛い」くらい寒かったのはよく覚えている。
そして、春節(中国のお正月)や札幌雪まつりや何やら……
いろいろなイベントがあった。
その度に、「非常に忙しい時」と「ヒマを持て余す」時と
あった。
こんな時に「事件」は起きた。
ゴールデン・ウィークの最中で、数百室あるホテルはほとんど満室。
館内11あるレストランフル回転でも、お客様にきちんとお料理を
ご提供できないくらいの混雑ぶりであった。
もちろん、通常通り、ルームサービスがあり、
また、繁忙期には、いわゆる「バイキング」もあり、
お食事にありつけないお客様はいらっしゃらなかった。
その時、私はレストラン内でサービスを提供する側として、
数テーブルほど、責任をもって担当するお仕事をした。
お客様は、いろいろなご事情を
お持ちでいらっしゃることがある。
「事件」が起きたテーブルは、
「亡くなられたお母様への慰安旅行」でいらしていた
お客様だった。
事前にこの情報を頂いていた私は、
「この時、一番の『お客様』は、亡くなられたお母様だ」
と、感じ、ホテル内で策を練った。
まず、フローリスト(ホテルのお花担当)から、
「カーネーション」を調達した。
そして、レストランの責任者である上席に、
「この『お客様』になにかして差し上げたい、
ついては、レストランからサービスで
シャンパンをご提供できないか」
と、打診し、了承をとった。
総料理長にも、この旨を説明し、
「『お客様』にデザートを一品お出ししよう」
とご了承いただいた。
さて、そのお客様御一行がお越しになった。
もちろん、私は数テーブルを担当しているので、
そのお客様だけ、集中して担当するわけにはいかない。
まんべんなく、サービスをご提供しつつ、
さりげなく、そのお客様御一行には、
「私どもから、『お母様』へのお気持ちです」
と、シャンパングラスに、カーネーションをさした
シャンパンを誰も座っていない席にご提供した。
もちろん、他のテーブルに手を抜いていいはずがない。
ゴールデン・ウィーク中ということもあり、
非常に混乱したレストランで、
100%ご満足いただけるサービスを、
みなさまにご提供できたか、というと、
ちょっとむずかしい部分もあった。
ただ、先に出てきたテーブルのお客様の最後の一品、
デザートの段になって、
「『お母様への慰安旅行』と伺っております。最後に私どもから……』」
と、総料理長から承諾頂いたデザートを、
誰も座っていない席にご提供した。
その時、娘様から涙がこぼれた。
先輩から、「お前、あのお客様泣いてらっしゃるぞ!」と
レストラン内のサービス側で結構話題になった。
終わってから、総料理長にもお礼を言い、
その日は、終わった。
3ヶ月くらい経った時、
私は諸般の事情で、帰京しなくてはならなくなった。
もちろん、そのホテルは辞めざるをえなかった。
辞めた直後、同僚から、
「あの時の娘様から、
『その節は高宮さんに良くして頂きありがとうございました。また、伺います。』
と、チョコレート付きでお礼のメッセージが来ているよ」
旨、話を聞いた。
辞めてしまって、本当にそのお客様には申し訳ない気持ちもあったが、
残ってくれたホテルマンたちが、更なるサービスを
ご提供できるものと信じ、北海道での生活を終えた。
その後、東京というか、川をまたいだところの
ある有名なホテルの高級レストランで働いたこともあった。
けれども、北海道のときのような「やり甲斐」は感じることが出来ず、
長くお世話になることはなかった。
「感動はお客様の期待値を超えてから生まれるものである」
北海道のホテルの総支配人の本に書かれていることである。
まさに、そのことを、「身をもって経験した」ことは、
この後、一生、私の人生の糧となって、
なにか辛いことがあろうとも、
「あのホテルの、あのゴールデン・ウィークの大変な時に、
あれだけのことを出来た仲間と自分がいた」
ことは、忘れることが出来ないだろう。
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