「伝統」とはアメーバなのかもしれない
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記事:小原正裕(ライティング・ゼミ日曜コース)
スーパー歌舞伎。
この単語を初めて聞いたのは、大学4年生の秋だったと思う。
確か、「舞台芸術入門」という授業だったか。
最初は教授がふざけて言っているのかと思ったから、実際にあると知った時の驚きは大きなものだった。
マンガや中国・日本の古典といった、歌舞伎以外の作品を歌舞伎で演じようという試みで、これまでに「三国志」「里見八犬伝」などの作品が実際に演じられている。4年前には大人気マンガ「ONE PIECE」を原作に上演し大きな話題になったので、覚えている人も多いかもしれない。
歌舞伎とマンガ。伝統と現代の象徴ともいうべき組み合わせは、4年前にとても奇妙に感じられたのを覚えているし、「そんなものやって大丈夫なのかな。そもそも、それってもはや歌舞伎とは呼べないじゃないんじゃないかな」とさえ思った。
僕自身、歌舞伎を数えるほどしか観たことがないので、間違っているかもしれないが…
僕の思い浮かべる歌舞伎像は、江戸時代を舞台にした、ちょっと古風なお芝居、といったものだ。
「主君への忠義」とか「勧善懲悪」みたいな昔からの価値観を軸にした、若い世代からしたら少しギャップを感じてしまうかもしれないストーリー。
歌舞伎以外の作品で言うならば、そう、「水戸黄門」のような感じだ。
全身ゴムの少年が海賊王を目指して仲間たちと冒険する話とは、だいぶかけ離れたところにいる。
世界観が180度違うものの組み合わせだし、あんまり面白くなさそう、と決めつけてしまっていた僕は、チケットを取ろうともしなかった。
ところが実際に観に行った人の話を聞くと、「つまらなかった」という感想はほとんどなかったのだ。
「歌舞伎の表現方法とONE PIECEの世界観をうまくマッチさせていて、とっても面白かった」「ONE PIECE目当てで行ったけど、これをきっかけに歌舞伎にも興味を持てるかもしれない」といった、好意的な意見が多かったのだ。
「つまらない」と決めつけてチケットを取ろうともしなかったことを後悔すると同時に、歌舞伎とマンガという組み合わせがなぜ違和感がないのか、不思議に思った。
でもよくよく考えると、現代のものを取り入れて演じている伝統芸能は、歌舞伎だけではない。
伝統芸能の一つと言える落語では、現代の演者が現代を舞台にして作る「新作落語」が存在しているし、宝塚歌劇ではゲームやアニメを原作とした作品も上演されている。
新作落語では、物語の舞台や登場人物、その他の設定が、本当に自由に設定されている。インド人が出てくる落語や学校の保健室を舞台にした落語、ここ数年で普及した「マイナンバー」が登場する落語は、一般的な伝統芸能としての「落語」のイメージから大きく離れたもののように思う。また、お金持ちのマダムやお嬢様が通う華やかなイメージのある宝塚で、ゲームやアニメを原作にするのも、「らしくない」と感じる人が多いだろう。
「伝統」という言葉の響きが醸し出す、下手をすれば「近寄りがたい」と思われてしまう格調高さよりは、多くの人に親しみやすさを感じさせるような題材だ。
でも、これらの伝統芸能はそんな試みにも関わらず人気を落としていないし、むしろ存在感を増してすらいるように思う。こういった新しい挑戦は、新しい層の観客獲得につながっているのだろう。
ややもすれば「みずから伝統を壊している」と受け止められてしまいかねない試みは、なぜ成功しているのか。
それはたぶん、題材を現代に求めつつも、一番大事なものはきちんと大切にしているからではないか。
演者に求められる心構えや昔から受け継がれてきた型は、その芸能のアイデンティティ。絶対に譲ってはいけない一線なのだろう。
ただ、それらをしっかり守ることと、全ての変化を頑なに拒むことは、全くの別物だと思う。
歌舞伎であれば400年、落語であれば200年余り。他の2つに比べれば比較的新しい宝塚でも、大正時代からのおよそ100年。
その間に、人々が生活する環境は常に変わり続けてきた。
人々の生活が変われば、そこに寄り添う存在である伝統芸能も、少しづつ形を変えていくのは当然の流れなのかもしれない。
大事なものを守りつつも、その時代の人々の中に常にアンテナを張り巡らせ、取り入れるべきものは取り入れる。それこそむしろ、その時代その時代で伝統芸能が実践してきて、人々に親しまれてきた理由なのだと思う。
絶えず変わり続けることによって、伝統は伝統としての歴史を刻み続ける。
積み上げてきたものの大きさに関わらず、アメーバのように変わり続ける勇気によって、その偉大さをさらに増していく伝統の存在は、大事なことを教えてくれるような気がする。
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