女子大生三宅香帆、「京都天狼院」店長に就任しました。~伊勢物語第六段「芥川」編~《三宅のはんなり妄想記》
昔、とある男性がいました。彼は、自分のものにできそうもなかった女性に対して、何年も求婚し続けなさっていました。
……ってはれまぁなんということでしょう。求婚し続けて一体うまくいくのでしょうか。女性というものは得てしてシビアで、求婚し続ければし続けるほど去っていくという話もございます。まぁもうこの男性のご縁とご武運をお祈り申し上げますと、私は言うしかありませんね。
ご挨拶が遅れました、私は一介の女子大生でありながら京都天狼院を切り盛りしております。皆さんお知りでないかもしれませんが、実は京都というのは不思議な土地でして、過去へ行く道があちらこちらにぴょこぴょこしているのです。そんな過去への扉をお使いしまして、私、過去へ本屋の営業活動をおこなっております。様々な人へ様々な本をずばんと売りつけ東に西に奔走しているのでございます。
しかし本日もあまり京都天狼院に人は来ず、ひました私は、祇園で購入したぷるぷる抹茶プリンと、人から頂いた素敵無敵の敵なし日本酒「白鷹」をいそいそと用意しまして、読みますよっと『伊勢物語』を開きました。
『伊勢物語』をご存知でしょうか。平安時代のハイパーウルトラマスカライケメン在原業平さまがモデルと言われる男性が、色々な女性と恋愛なさったりお仕事なさったりする様を描いた短編集でございます。彼の女たらしこみ術ったら、千年経った現代でも文部科学省ご指定「国語」の教科書でお習いするくらいなのです、それはもう凄まじいものを感じます。
中でも第六段、通称『芥川』『鬼一口』は、人気のぐわわわんと高い作品。
とある男性が、身分違いのとある女性を連れ出し駆け落ちなさろうとするのですが、雨宿りのため入った蔵で、「鬼」に彼女を食べられてしまうという、なんともあれれお涙ちょろーり切ないお話でございます。
このお話、実は後の世になって加筆された部分がありまして、そこには「これって在原業平さまと藤原高子さまのお話なんですよ~ちなみに鬼っていうのは高子様のお兄様たちのことで、まぁ天皇に嫁がせようと思ってた高子様を、業平様から奪い返した藤原家の人々は、業平様にとっては鬼のように見えたよね~~」と書かれております。在原業平さまと藤原高子さまの許されざる恋、というのは当時有名なスキャンダルだったのです。きっと言いふらしたいどなたかが書き加えたのでしょう……今も昔もゴシップ大好きなところは人間全般変わらないものですね、と私は、ほふうとため息をついているのでございます。
そんなわけでお酒と抹茶プリンをゆっくりとろーり堪能しつつ、『伊勢物語』第六段の頁を開くと、なにやらうとうとして参りました。「白鷹」は意外と強いのでしょうか……そんなことを考えながら目を閉じ……………
目を開けると、私の前に、それはそれは可愛らしい女の方がいらっしゃいました。
ぱちくりと大きな瞳でこちらを見るその様は、どう考えても平安時代の高いご身分のお姫様でございます。なんとまあ、私はまた、平安時代に来てしまったようです。
「あのね」
そのお方がおっしゃいます。まるでつるんとした夏のゼリーのような、可愛らしいお声です。いきなり現れた私に特に驚くこともなく、言葉を続けます。
「わたし、あるひとに私のことをすっごく好きになってもらいたいの。だからいい女になりたい。ねえ、どうすればいいか教えてくれる?」
いいおんな。
そのあどけないお顔からは予想できない台詞でしたので、多少「むむむ」と声をあげてしまいました。しかし考えてみると、いい女、魅力的な女性というのが何を指すかは古今東西人それぞれ違うご意見をお持ちかと思います。が、その色々なパティーンを知るとしたら、それはもう、書物の中から学ぶしかありません。私はにっこり笑って言いました。
「姫様、それならいい方法がございます。でもその前に」
ええ、と姫様は小首をかしげます。
「お酒をたくさんくださいますか?」
おさけ?と姫様は、もう一度目をぱちくりと見開きました。
現代2014年の京都天狼院と過去とを行き来する手段はただ一つ。お酒でございます。なんという素敵な交通費とびっくらこかれるでしょうか。神様仏様キリスト様、ひとつなにとぞお許し下さい、と私はなむなむしておきます。
いい女になる方法、といえば要するに女を磨く本ということですよね……といえばやはりまずは山田詠美さんの『放課後の音符』でしょうか。私の思う「いい女像」が詰まっております。これからいい女になるぞという女学生さんのバイブルといったところでしょうか。それから有吉佐和子さんの『悪女について』は「男を翻弄する小悪魔」を学ぶのにもってこいでございます。女性の私から見てもひゅ~どろどろのこわいこわい世界ですが、それにしても悪女も聖女もきっとこういうものなのでしょう。また打って変わって『しあわせの花束』という中原淳一さんのエッセイ画集はふんわり幸せな女性になる必需品。うーん、寺山修司さんの『青女論』も「いい女」形成に一役買える気がいたしますが、これらの作品を見てみると、本当に古今東西「魅力的な女の人」の定義は分からないものですね。純粋だったり計算高かったり、その矛盾こそが魅力なのかもしれません。
とりあえずよいしょ、とこれらの本を持って、私はもう一度「白鷹」をぐいいいっと飲みほします。
するとやっぱり平安時代のお姫様がこちらを覗いておりました。わあすてき、今日中によみたいのだけどよめるかしら、などと書物を手に取り無邪気に喜ぶこのお方、私が消えたり現れたりするのにも動じず、ころころと子猫のように目の前を楽しんでらっしゃるようです。身分の高い、純粋なお嬢様なのでしょう。といいますのも、このお方、『伊勢物語』第六段のモデルになったお方ではないかと思うのです。そう、在原業平さまとの恋で有名な藤原高子さまでございます。
「あの……藤原高子さまですよね?好きになってもらいたいっていうのは、在原業平さまに、ですか?」
私は思い切ってお尋ねしました。
「まあ、率直なおひとねえ、ぼんやりされてるわりに」
と言いながら、姫様は、ふふふ、と微笑んでらっしゃいます。そのお顔は一点の邪気もなく本当に可愛らしいので、「ぼんやり」なんて言われたことも私は気にせず、ほうっと熱に浮かされてしまうのでした。これではまた私のぼんやり度が上がってしまいます。
「わざわざ陰陽師さまに頼んでよかった、もう一つたのみたいことがあるのだけど、いい?」
そうおっしゃってふんわりと微笑む高子様を、お断りできる人はきっと宇宙人またはダースベイダー。正真正銘地球人の私は、事情を聞くまでもなく、こっくりと頷きました。
―――それから時が経ち、夜更け、一人の男性が御簾の中に入ってきました。
「姫!!!!」
い、一体どうしたことでしょう。深夜のバラエティ番組も驚きのハイテンションな男性です。突然のことに私はびっくりしてしまいました。
「今日こそ、この業平とともに駆け落ち致しましょう!!!」
そもそもこの時代、貴族のお姫様は御簾の中でほとんど誰にも姿を見せずに過ごすものです。しかも夜ですからかなり辺りは静かですのに、そんな静かな御簾の中にこのようなテンションで入ってきて、そのうえ「駆け落ち」なんてワードを躊躇なく叫ぶとは、一体いかなる領分なのか。も、もしかしてこのハイテンショントリッキーマンが在原業平さまなのでしょうか……。そうだとしたらあのイケメン設定は一体どこから。やっぱりこのご時世、歌がうまければ多少性格が強引グマイウェイでもイケメンの称号を得られるのでしょうか。私があっけにとられている間に、
「さあさあさあさあ今日こそは!!!!」業平様と思しき男性はそう言いながら、姫様を強引におぶってしまいました。
私は慌てて「どこへ行かれるんですかっ」と彼に申し上げると、
「二人の世界ですよ!!!!」……し、質問の意味が伝わってない、と私は四年に一度オリンピック並に珍しいツッコミというものを心の中で入れました。次のツッコミはリオまで待たねばなりません。
し、しかしこのおふたり、よく考えれば『伊勢物語』で想い合ってるおふたりです。これから駆け落ちむしろ愛の逃避行ランデブーうぃるなはず、もしや私が着いていくのも野暮というものでしょうか。
が、先ほど姫様が、「もう一つのお願いはね、夜に業平様がやってくると思うのだけど、あなたも着いてきてほしいの」とおっしゃっていたのです。
野暮とお願いどちらを取るか一瞬ふむむと迷ったのですが、おぶられている姫様が私をじっと見つめるので、姫様の言うことに従おうと思い、とりあえず業平様に気づかれないよう密かに着いていくことを決めました。野暮でしたら帰りますので。一世一代のラブロマンスを邪魔してしまってすみません業平さま。心の中でそう拝んでおきます。
闇夜を駆けるお二人with後ろに私。こ、これどこまで行くのかしら……私がそう思考を巡らせたときでした。川のほとりで、姫様が「ねえ」と指を差されました。業平様は、立ち止まります。
「あれは、なあに?」
指差した先には、草の上に結ばれた夜露。
「真珠?」大きな瞳を見開いて、姫様は、おっしゃいました。
私は、『銀河鉄道の夜』に出てくる「まるでひるの間にいっぱい日光を吸った金剛石のように露がいっぱいについて」という一節を思い出しました。きらきらと光る露の玉は、宝石のようです。そして同時に私は、睫毛の長い、整った、姫様の宝石みたいな横顔を思わず見つめてしまいました。きらきら光る、草の上の露。姫様は一度も見たことなく、育ったのでしょうか。だとしたらなんて大切に大切に、純粋に、無垢のままでいられるように育てられたのでしょう。こんな駆け落ちをすることになって、本当に良かったのでしょうか。そんな想いが一挙に胸に押し寄せます。
いやでも、と思い直しました。やっぱり姫様は業平様が好きなんですから。
同じことを思ったのか、業平様も、目を潤ませてらっしゃいます。その目も宝石みたいだなぁなんて私が思っていると、密かに姫様がこちらを向いて微笑みました。なぜ微笑んだのだろう、と思っているうちに、業平様が「行きますよ!!!!」と言ってまたもや走り出してしまいました。
雨が、降り始めました。「あそこに蔵が、休んでいきましょ」と姫様がおっしゃいます。私はもうそろそろお二人にしても良いのかな、と思うと同時に、物語ならここで鬼またはお兄様たちが出て来るのですよね……と二人の行く末を少し不安に思いました。
すると、「少しわたしひとりで外に出るから、中でいて」と言う姫様の声が聞こえました。私は不思議に思い、二人を見ようと身を乗り出しました。業平様が了解し、
そこで姫様は外に出たかと思うと、
「しつこいのよっっっば――――――――――――――――――――かっ!!!!!!」
そう怒鳴りつける声が聞こえました。
ほ、ほわあほへえ!?と何が起こったのか分からず、その昔「鯨は哺乳類である」という人生トップ3に入る衝撃の真実を知った時の数倍驚いた私は、慌てて姫様たちの方へ寄っていきました。すると姫様は扉を閉め、「扉を開けられないようにするおもしになる石を持ってきて!!!」と私に向かって叫びます。
いきなり叫ばれ驚いた私でしたが、そこで何とか持ってきた石を、姫様は扉の前におきました。業平様は中から「ちょっ姫様!?!姫様!?!?」とどんどんどん、と扉を叩き続けています。そんな業平様に向かって姫様は怒鳴りつけました。
「わかってんのよ私の家柄の良さが目的だってことはっっ!!なのに勝手に夜這いとかしてこないでっっしつこいのーーー!!!」
な、なんということでしょう。平安時代の大スキャンダル「在原業平様はーと藤原高子様」というのは業平様が一方的にお熱、というか業平様身分目的!?というかもはやこちらがスキャンダラスな世界びっくり仰天ニュースでございます、というか姫様こんなお方だったのですか、先程までの純粋無垢な天使はいずこ。嗚呼!混乱せざるをえませんでした。
じゃ、一刻くらい待って出してあげてねっ、と姫様は私ににっこり笑っておっしゃいました。こ、このために私を連れてきたのですか………。私は姫様の思いもよらない女優っぷりにもはや感嘆する限りでございます。すると姫様は、くるっともう一度蔵の方へ向き、おっしゃったのです。
「あなたの北の方になるより、兄様たちの言う通り、お上の北の方になった方が幸せに決まってるじゃない?」
北の方というのは、奥様のこと。お上というのは、時の帝のことでございます。なんて切れ味抜群リアリスティックな捨て台詞、ここまで来ると最早天晴れな姫様です。
そんな捨て台詞を吐いた姫様が、私に向き直りました。
「も~嫌だっつってんのに夜這いとかあんまりしつこいから、一度くらい痛い目見てもらおうと思ったの~駆け落ちなんて言うから、どこか蔵へ閉じ込めちゃおーと思って」いいとこあって良かった、なんて微笑む姫様はやはり一点の邪気もない、とんでもなく可愛い笑顔を見せるのでした。
え、でも。「だとしたら、何でわざわざ『いい女になりたい』だなんて私を呼んだのですか……?」私は聞かずにはいられません。
姫様は私を覗き込みます。「ね、さっきのうまくいった?」
さっきの?と首をかしげる私に、姫様は、まるで今日のおやつがおいしかったの、とでもおっしゃるかのような無邪気さで、おっしゃったのです。
「頂いた書物の中に書いてあったの、純粋で無知な女に男は惹かれるって!『あれは、なあに?』って、夜露も知らない姫なんだーって業平様が胸キュンするかなあって言ってみたのーふふふー」
にこにこする姫様に対し、私はぽかんと口を開けたままでした。
「やっぱり惚れ直させてからの方が、より痛い目が効くじゃない?もちろん帝のご寵愛を受けるためにもいい女になりたいし!まぁ夜露も見たことないなんて、外の景色も見たことのないお姫様なのかしらって私は思うけどね」
男ってばかねえ、と笑いながら、じゃあありがとうねっお礼は弾むわ、と姫様はおっしゃいました。するとどこに潜んでいたのか従者の方が姫様をおぶって、お二人は帰ってゆきます。そしてもうひとりの従者の方が現れ、私に「これほどのお礼でよろしいでしょうか、我が屋敷まで来てくださいますか」などと算段を取り付けにやってきました。
な、何てお姫様。私が差し出した書物を読んでここまで研究されたのでしょうか。私は恐れおののいたのですが、
「いえ、きっと天性のものに違いありません」そう思い直しました。姫様はきっと、天性の小悪魔なのです。
そこで、蔵の中にいる不憫極まりない業平様の存在を思い出し、私が扉を開けると、傷心した表情の業平様が歌を詠まれました。
「白玉か何ぞと人の問ひし時つゆとこたへて消えなましものを……」と。
これは『真珠?あれはなあに?とあなたが聞いたときに、あれは露ですと答え、私も露のように消えてしまっていたらよかったのに』という意味の歌でして、一般的には「鬼に女を食べられてしまった」「高子様との駆け落ちが成功しなかった」悲しみを詠んだ歌なのですが……、つ、露と消えれば姫様があんな方だと知らずにすみましたものね……。私は真相にいささか苦笑いしながら、あとで業平様に失恋に効く書物をおすすめしよう、としっかり思ったのでした。
ちなみにシェイクスピアの時代だと、失恋した男の人は衣服が乱れてもよく、物も食べず、ただただぼんやりする習慣があったとかなんとか。日本でも万葉集の時代から失恋の歌はたくさんありますし、ええもうやはり昔も今も男の人だって失恋というものにショックを受けるものでございますよね。ご愁傷様です。そんなことを思いながら横目で業平様を見ました。すると、業平様は涙声でおっしゃったのです。
「せ、せっかく女心が分かる書物をあんなに陰陽師に頼んだのに!!!」
………あれ、どういうことでしょう。もしかして、私の前に、業平様もまた別の誰かから未来の本を購入していたのでしょうか。
そんなことを考えたかと思うと、私はふっと気がつき、そこはもう、現代の京都天狼院なのでした。
業平様には、一体誰が本を売ったのでしょう?というか、いつも「陰陽道」のおかげで私にお願い事を頼むことができた、と過去の人々は言いますが、他にも頼まれている方はいらっしゃる……?一体、どんなご関係なのでしょう。わからないことだらけです。
もしかして、本を既に売ったのは、前回と同じように、あの方――我らが天狼院書店店主、三浦さん――なのでしょうか……?
まぁまた京都にいらしたときに聞いてみよう、そんな風に私はぼんやり過ごしてしまうので、謎は謎のままなのかもしれません。
ちなみにその後、歴史の教科書を紐解くと、清和天皇の女御となり、最後には皇太后となって輝かれた姫様の凛々しきお姿が見られます。
21世紀の現代で「女が強くなった」などと言われますが、
女というのは、元々男を騙して逞しく生きていくものなのかもしれません。
あのとんでもなく無邪気で可愛らしい笑顔を思い出しながら、私はそう思うのでした。
ここは天狼院書店「京都天狼院」。
なかなかお客様もいらっしゃいませんし、お酒と本と甘いものを堪能する、という素敵な贅沢を味わいたくなったら、一度立ち寄って頂ければ私はとっても嬉しく思います。
女性でも男性でも、もちろんいつの時代の方でも。傷心の方も、そうでない方も。みなさんいつでもお越し下さい。
それではまた、ごめんやす。
※このお話はものすごおくフィクションです。いろいろすみませんでした。
【追伸:京都天狼院・三宅本日のおすすめ本】
《女を磨きたいあなたに!》
・『放課後の音符』(山田詠美/新潮社)
・『悪女について』(有吉佐和子/新潮社)
・『しあわせの花束―中原淳一エッセイ画集』(中原淳一/平凡社)
・『青女論』(寺山修司/角川書店)
《失恋したあなたに!》
・『チャンス』(太宰治/津軽通信(新潮文庫)に収録)
・『パイロットフィッシュ』(大崎善生/角川文庫)
・『赤と黒』(スタンダール/新潮社他)
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