ニューヨークが教えてくれたこと
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記事:鍬田枝里(スピードライティング特講)
「おはよう、ところであなたのコート素敵ね!」 交差点で信号待ちをしていると後ろから声をかけられて振り返った。そこにいたのは上品なファッションに身を包んだマダム。彼女とは顔見知りでもなんでもない。たまたま信号待ちのタイミングが一緒になっただけの人だったが、まるで友人に話しかけるみたいに今日の気分とファッションについて聞かれた。「それじゃ、今日も良い日を」「ありがとう。あなたも良い日を」 ニューヨークとはこういう街だ。
人は人、自分は自分というスタンスで周りが自分をどう見ようが気にしない。よくも悪くも我が道を行く人々。けれどもそれがイコール他人に無関心で冷たいということではない。むしろこんなに温かく人間味があふれる人達の街だったのだということを、私は実際に暮らして初めて知った。誰かが困っていればあっという間にたくさんの人が集まって助けてくれる。9.11という大きな悲劇を一緒に乗り越えてきたからだろうか。知り合いだろうが他人だろうが関係ない、皆家族で仲間だ、という姿勢を感じた。
アメリカに2年ほど行く、それもニューヨークへ。そう聞いた家族や友人はとにかく治安を気にしていた。道で知らない人と話すな、そんな簡単に人を信じちゃだめだ、色んな人から口々にそう言われた。もともと人に対して警戒心が強い私は、改めて人から言われるまでもなくそうするつもりだった。
ところがどうだろう。暮らして数日、私は固い心の防壁を取り払わざるをえなくなった。あまりにも普通に、気軽に話しかけてくるのだ。それは店員だったり、すれ違う人だったり、地下鉄で乗り合わせた人だったり。今ではずいぶん減ったにしろ、犯罪が起こりやすい街なのにずいぶん他人との距離感が近いのだなと驚いた。
何度も声をかけられるうちに、最初は逃げるように「ごめんなさい、よくわからないんです」と言っていたのが次第に普通に会話をするようになった。「今地下鉄アナウンスなんて言った?」「ああ、工事中だから次の駅で全員降りなきゃいけないみたいですよ」「ほんと最悪ね!ありがとう」
家族から離れて少しホームシックだったせいもあるのか、日常会話を交わす街の人達がだんだん自分の身内のように思えてくる。それは初めて感じる不思議な親近感で、その時初めて自分はニューヨークの一部になったのだと思えた。
日本にいたころは、近所の人にさえも挨拶を交わすだけで会話なんて交わさなかった。ニューヨークに比べれば銃を持っていない分日本は安全なはずなのに、まったく関りを持とうとしない。どこかで人は信じられないものだと思っていたのだろう。しかしそれがいかに虚しく寂しいことだったか今ならよくわかる。
ニューヨークの人々の接し方は、私には人としての理想と希望があるように思えた。もともと皆同じ人間で仲間。誰かが困っていたら当たり前のように駆け寄って助ける。そこには純粋な思いやりだけが存在している。
危険を避けるように人との付き合いも薄れていく中で、結果今の日本は人の心を見失い、かえって大きなゆがみを生み出しつつあるように思う。明日から他人に話しかけろ、ということではない。ただ少しだけ、いつもより心に余裕をもって周りを見渡すことができたら。人を気にかけることができたら。失われつつある人とのつながりを取り戻すことができるのではないか。
ニューヨークは世界経済の中心でもあり、アート、思想、ビジネスあらゆるものが最先端で刺激が多く得るものが多い。しかし私にとって一番の学びになったことは、意外にもどこかアナログな人間のこころの部分だった。
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