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スタッフ山中のつぶやき

そんなどうでもいいことが、この日ばかりは愛おしく思えた。《スタッフ山中のつぶやき》


【12月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

 

「96」
まあこんなもんかと、この数字を見てスッと力を抜いた。
よく見る、よく見る。こんなもんだ。
私なんてこんなもんなんだ。

左腕に巻いたバンドをゆっくりと取り払って、ふう、っと一息をつく。
デジタル表示された「96」という数字が私に何か訴えようとしている気がした。

最高血圧「96」この数字は私に何かを教えてくれるのだろうか。

毎日朝起きて血圧を測る。
なんてことは全くもって習慣ではなくて、名古屋の祖父の家にたまたま置いてあった血圧計を面白がって姉が使ったのが始まりだった。
興味本位か母、次いで私とわざわざ順番待ちをして血圧の測定をしていく
姉「100」
母「102」
世間一般では最高血圧が100以下だと低血圧だと認定されるらしいが、私たち家族はそのギリギリのラインを競い合うようだった。

母「みんな低いね~、低血圧は、いつも眠くて、手足が冷たくて、朝が弱くて、ゆっくりしてる。 っていうのが昔からの定説だよね」
私、姉「あぁ、そうなんだ。 それ周りからよく言われる」

そんなことをワイワイガヤガヤ言いながら土曜日のお昼間に、名古屋の祖父の家で、京都に住んでいる私と、東京に住んでいる姉と、神奈川に住んでいる母がいっぺんに集まって血圧計を囲んでいた。なんだか異様な光景である。

そこには母や姉だけでなく、父、叔父、叔母、いとこが勢ぞろいしていた。
山中家がお正月でもないのに一同に介しているのには、ある訳があった。

 

 

 

今朝方、祖父が亡くなったという連絡を受けたのだ。

 

 

 

「もうちゃんとした食事をとることができない状態だ」
そう連絡を受けたのが9月前半のことで
「時間があるときに会っておきなさい」と
家族のLINEに父からの遠回しのメッセージがあったのが9月の後半のことだった。

「店のことは任せて」と言ってくれたスタッフのみんなに甘えて、9月の終わりに新幹線で30分。名古屋の病院にいる祖父に会いに行った。

最寄り駅まで迎えに来てくれた叔父の車に乗り込んで病院へ向かう。
町並みを懐かしむ間も無く、祖父の自宅からすぐの場所にある病院へはあっという間に着いてしまった。
祖父にはもう随分と会っていない気がする。そう思うと何だか緊張してしまって、恐る恐るドアを開けた。
そこには私の中の頭の中のイメージよりひとまわりもふたまわりも小さくなった祖父がベッドに横になっていた。

「なつみが来たぞ」と叔父が大きく呼びかけると「おお」と言葉にならない声が管のついた呼吸器マスクの下から私の方へとんできた。

ゆっくりと近づいたのだけれど、どこか戸惑ってしまって私は
祖父の手を握って「おじいちゃん」と耳元で囁くのがやっとだった。
でもその手は柔らかく温かくて、細くなっても大きくて。私がそっと握ったら弱い力で答えてくれようとしていた。
おじいちゃん。 おじいちゃん。 そこにいるのは紛れもなく私のおじいちゃんだった。呼びかけながら手を握り、スヤスヤと眠りに入った祖父の寝顔を眺めていた。

 

「看護師さんたちにも可愛いって評判なんだよ」
叔父は嬉しそうに話す。

確かに、祖父は昔からどこか可愛らしいところがあった。
顔が童顔だとか、そういうわけでは決してなくて、むしろきりりとした切れ長の一重が印象的なくらい。
体も大きく。必要な時以外はあまり喋らないとても寡黙な人だった。
でも、歌うのは大好きで、カラオケに行く時はマイクを右手で強く握る一方でそっと左手がマイクの下に添えられていたり、
家族で旅行に行く時は、私たち孫のためにと浮き輪やら、トランプやらバックにめいっぱい詰め込んで、祖母に「そんなに荷物入らないでしょ!」と怒られていたり。そんなふと思い出すとふふっと笑ってしまうようなエピソードがいくつもあった。

その表情や、行動や仕草から出てくる愛らしさが私は昔から大好きだった。

「可愛い可愛いって。大人気でさ」
それを聞いて、私もとても嬉しくなった。
ベッドの上で横になっていても、その愛らしさは健在のようだった。

「また会いに来るね」と先ほどよりも大きい声で呼びかけて、私は病室を後にした。

結果的に言えば、これが祖父にかけた最後の言葉となってしまったのだけれど。

11月上旬、木曜日の会議中。
パソコンの右上をLINEのポップアップ通知が一瞬かすめた。
何かとても嫌な予感がする。
一度は気がつかないフリをしたけれど、
会議を終え、恐る恐るパソコンからLINEを開いた。

平日の昼間にもかかわらず、そこには家族のLINEにメッセージ通知がいくつもあった。

もしかしたら11月生まれの二人の姉の誕生日会の計画でも立てているのかもしれない。
きっとそうだ。そうであってほしい。
でも、嫌な予感ほど当たってしまうものなのだ。

「今朝方、おじいさんが息を引き取りました。 突然だったようです。 お通夜が金曜日。 お葬式は土曜日の11時からです」

 

事実を淡々と伝えた文面が画面に並んでいた。

パソコンを眺めながら、私はテキストで記された事実をただただ受け入れるしかなかった。
あぁ、そうか。 そうなのか。
心が思ったよりも平常でいられたのは、自分でも気づかないうちにこの時のための心の準備ができていたからなのかもしれない。

新幹線に乗って、金曜日の夕方には名古屋に着くことができた。
長女と最寄り駅で待ち合わせをして、今度はタクシーで祖父の自宅へと向かう。

「昔、テニスコートが近くにあったところです」
詳しい住所を伝えてもなかなかカーナビを使いこなせていない運転手さんにそう告げた。
「あぁ、あそこね。 ずいぶん前にマンションになってない?」
「はい。そこです。そこで降ろしてください」

走り出したタクシーの中で
そうか、あそこはもうマンションになってしまったんだっけ。
私の中の記憶はなかなかずいぶん昔で止まってしまっているようだ。と
そんなことを思っていた。

祖父の家につくと、先に到着していた叔父と叔母と父がテキパキと準備を進めているところだった。
「まずは、おじいちゃんに挨拶して」と荷物を持ったまま玄関を入ってすぐ右の和室へと向かった。
小さな頃は、家族5人分の布団をぎゅうぎゅうに敷いて寝ていたスペースに、ポツンと一つお花に囲まれた棺があった。
そっと開けて祖父の顔を覗き込む。

「おじいちゃん、きたよ」そっと呼びかけた。
顔を見ればきっとと思っていたのに、祖父のその綺麗な顔を見てもなかなか自分の中に実感が持てないでいた。
どうして私はこんなにも冷静なのか。いつになったら実感が湧くのだろうか。
私の頭の中では祖父と棺の中の祖父がいつまでたってもイコールで繋がらないようだった。
どこか落ち着かなくて、何か手伝えることはないかと、辺りをよくよく見渡した。

来客の方の靴を、靴箱に並べてみたり、
水周りあった1つのコップを入念に洗ってみたり。

どんな小さなことでもいいからと、気がついたことはすぐやった。
横を見れば、姉も同じように何かないかと辺りを見渡して気を巡らせているようだった。
こういうところ、やっぱり姉妹だなぁ。

でも、そんなに小さな手伝いがいくつもいくつもあるはずもなく、しばらくすると、私たちは手持ち無沙汰になった。

「そこにあるのが、昔の写真だよ」
そんな様子を見かねてか、叔父が私たちの元へアルバムをいくつか持ってきた。

家族みんなで海外旅行にいった写真。
私たちの小学校入学式の写真。
七五三、運動会。
私も、姉も小さくて、顔がパンパンで。
なにこれ、ないにこれと写真を次々とめくりながら笑い合っていた。
これ、なつみじゃない? いや、これはお姉ちゃんだよ。
小さい私たちはもうみんなそっくりで、全然見分けがつかない。

何枚もめくっていくと、どんどん私たちが見たことのない写真がいくつも出てきた。
父と叔父、2人兄弟が小学校の時の写真。
祖父と祖母と父と叔父が4人で家族旅行に行っている写真。
父が、赤ん坊の時の写真。
祖父と祖母との結婚式の写真。

どれもこれも見たことがないのに、どこかとても懐かしく感じてしまうのは、
顔がみんなみんなそっくりだったからだろう。

赤ん坊の頃の父は私にそっくりで、
結婚式の時の祖父は父にそっくりだった。

似てる、似てる。 当たり前なのだけど、やっぱり私たちは家族なのだ。

その日はそのまま、祖父の家に泊まり、土曜日はついに祖父とのお別れの日だった。

朝になるともう一人の姉も合流して、山中家が勢ぞろいとなった。
黒い服を着て、数珠をそっとポケットに入れる。
鏡を見て髪を結んで、格好はもうバッチリなのに、今日になってもまだ実感が湧いていなかった。
昔の思い出話を笑顔でしているくらい、みんながみんな落ち着いている様子だった。

時間になり、住職さんを招き入れて、手を合わせて目を閉じる。
お経を聞いている中で、すすり泣く声をいくつも聞いたけれど、なぜか私は涙がこみ上げてこなかった。
頭の中の祖父の思い出をいくつも思い出そうとしたけれど、畳で正座をしていた足が攣ってしまうのが気になったり、遺影を見て、これはいつの時の写真だろうかと考えたりしていた。

しばらくしてお経がおわると、葬儀会社の方が、淡々と今後の流れを説明してくれた。

「それでは、棺を火葬場までお運びいたします。 お顔を見れる最後の時間になりますので、皆様どうぞお手を触れて最後のお別れをして差し上げてください。 後悔のないように」

その言葉に、何か空気が変わった気がした。

棺の周りにみんなで作った円をゆっくりと小さくしていった。
父と叔父が棺を開ける。

そこには9月に会いに行った時よりもさらにさらに小さくなった祖父がいた。

飾ってあった花束を一つ一つほどいて、何かそれぞれの思いを込めながら
そっと周りにお花を手向けた。
私も「おじいちゃんバイバイ」と声をかけながら
2回も3回も花を添えた。
名残惜しいけれど、これで本当に本当にさよならなのだ。
そう頭の中で、そこでもまだ冷静に考えていた。

「それでは」
そう一声があったところで、後悔のないようにという言葉が改めて強く思われた。
そこで初めて祖父に直接触れた。

そっと触れた皮膚は柔らかく、手は細くなっても大きかった。
温かくないということ以外は、私の知っている祖父だった。

そうか、この棺の中にいるのは紛れもなく、私のおじいちゃんなんだ。

そう思った瞬間に初めて涙が溢れた。
ぼたぼたと畳にシミがついてしまうくらい。
一度流れた涙は、止めることができなかった。

おじいちゃん、おじいちゃん。
無口で、愛らしくて、優しくて、大好きだったおじいちゃん。
会いに行くと、突然黙って2階に行ったかと思えば、いっぱいにお菓子を持って降りてきてくれた。
私たちが食べきれなかったご飯をそっと残さず食べてくれた。
どこに隠れていたのだろうか、そんな何気ないエピソードたちがどんどんと溢れ出してきた。

「好きだったんですよ」と叔父がiPhoneから流す、美空ひばりの愛燦燦のメロディーが人生で一番胸に響いていた。

そうか、本当に。本当にこれでお別れなのだ。
姉たちも、母もここに来て涙が止まらない様子だった。
「バイバイ。ありがとう」涙をハンカチでせき止めながら棺を霊柩車に乗せた。

まだまだ実感がわかないけれど、涙によって気持ちにひと区切りをつけられた気がする。

それはみんな同じようで、そのあとは火葬場までのタクシーの車内も、食事を囲む席でも本当に何気ない話をすることができた。

次女「ここから火葬場って、どれくらい?」
母 「40分くらいかな」
長女「そのあとってどうなるんだっけ……ご飯食べて……」
次女「ん? お姉ちゃん最後の方なんて言ってるかわからない」
長女「それ、言っとくけどあんたもいつもそうだから。 最後の方すぼんじゃってなんて言ってるかわからないこと多い」
私 「わー、それわかる。私も最後の方聞き取ってもらえなくて、え? って聞き返されることすごいあるわ」
母 「ふふ、みんなお父さんそっくりね。」

長女「でも昔の写真、なつみお父さんにそっくりだったね」
次女「お姉ちゃんもこの前の写真、すごいお母さんに似てた」
私 「それを言ったら、みんな日に日に目がたれ目になってる気が……」

次女「ところで、ご飯カニ食べるって言ってたけど、どこで食べるの?」
母 「え、カニ、だよね。 どこだろう」
長女「知らない」
私 「私も知らない」

タクシーの運転手「ここら辺でカニだと、たぶんここじゃないですか?」(カーナビでわざわざ調べる)
全員「あ、すみません(汗)」

長女「うちの人たちって、誰かがやってくれるってなると途端に何もしなくなるよね、ご飯食べるところもみんな知らない。笑」
次女「基本がさ、まぁどうにかなるでしょっていう精神だよね」
私 「誰もやる人がいないならやるけど、誰かやる人がいるならもうやらないよね。笑」
長女「旅行の計画とかね」
私 「旅行先で地図調べるのとかね」

全員「いやいや本当に、わかるわぁ」

何気ない言動や行動や考え方や気質が私たちはどこか似通っていた
会話をすればするほどに、似ている点をいくつも見つけた。

そして改めて思う。
あぁ、私たちはやっぱり家族なのだ。

みんなで集まって、昔の写真を見て、思い出話をして、ただただ何気ない話をしてからこそ、実感する。

顔や体型や、見た目ももちろんそうだけれど、

最高血圧が100程度低血圧なのも。
喋ることよりも歌うことが好きなのも。
何か他の人が来る時は気を使って動いてしまうのも。
喋っていて最後の方が聞き取りづらいのも。
常にどうにかなるでしょという精神なのも。

そんなちょっとしたことがすごくよく似ていた。
私たちは紛れもなく家族なのだ。
どこか、何か似ている家族なのだ。

祖父が亡くなって、改めて思う。

祖父母から両親へ、両親から私へ、
何かをちょっとずつちょっとずつ引き継いで、それで初めて私になる。
考え方、気質、体質、性格、長所、短所。 好きなところも、嫌いなところも、そんなこと考えたこともなかった何気ないことも。 引き継いで、まじりあって、今の私になっているのだ。

祖父が亡くなった。
無口で、愛らしくて、優しくて、大好きだったおじいちゃん。
そんな祖父から受け継いだ何かが私の中にも確かにあるのだ。

「かわいい、かわいいって大人気でさ」
とそんなことを言われるおばあちゃんに私もいつかなれるのかもしれないなと。そんなことを思いながら、カニの食べ方まで似ている私たちがこの日ばかりはなんだかとても愛おしく思えた。

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