おなかぽっこりは、治せないのか?「やらない」と「できない」の間。
記事:菊池留美(ライティング・ラボ)
ある日やってきた封筒。
差出人は、地元の「健康いきがい課」。
大腸がん検診を申し込んでから、結果が出るまでに
確かもっと時間がかかるという話だったのに
やけに返信が早いなと思いながら
開封すると、結果が
「陽性」。
ええと、「陽性」ってことは…
一瞬頭の中がフリーズする。
読み進めるうちにだんだん内容が現実味を帯びてくる。
「大腸がんは、便潜血反応や、血便以外は、
大きな進行がんになるまでほとんど症状のでない
病気です。また、たとえ大腸がんが発見されても、
早期がんの場合は極めて生存率の良いものですし…」
なんて、書いてある。
まずは、早期に精密検査を受けましょう。
いざ、自分のこととなると
重いコトバの数々。
「極めて生存率の良い」なんて言われたら
言っている内容は、「良い」だけれど
日頃考えないようにしている
「死」がクローズアップされてきてしまう。
我が家は癌の家系である。
祖父母も、父も、従兄弟も
まだ若いうちに亡くなっている。
死なない人間はいないと頭では分かっていつつも、
それは、今ではない、未来のいつか、
漠然とした将来のことと思っていたのが、
近い未来に確実に迫っているという現実。
癌、だったらどうしよう。
いろいろなことが頭の中を駆け巡る。
さっそく総合病院に精密検査を
申し込みに行くと、混んでいる。
具合の悪い人は、たくさんいて、
私が思っているのとは裏腹に、
もっと重篤な人、緊急を要する人が優先。
予約をするにも、日程が合わない。
今にも死にそうな気分だった私は、病院の応対で
「危急存亡の危機ではない」くくりに入っていることに
気づき、近所のクリニックであらためて
予約をした。
検査では、腸の中を空にする必要があるため、
前日の昼食から食事制限や、飲み薬がある。
もらって帰った食事・薬キットを眺め、
注意事項を読みながら
ゼリー状の昼食、おかゆの夕食、
そして、午後8時に粉末状の薬を溶かして飲み、
午後10時に錠剤を飲む。
翌朝7時以降は、絶食。
飲み食いしないように…
簡単な説明で、よし!わかった
と思うが、いざやってみると…
食べてはだめ、と言われると
余計食べたくなる。
飲んではだめ、と言われると
のどが渇いているような気がする。
もともと、不調で食欲がないわけではない。
あの手紙さえ来なければ、自分は健康だと
思っていたのだから…。
食べたくない、食べられない状態と
食べてはいけない、状況はかなり違う。
おなかはすくし、のども渇く。
パステルのプリンが食べたいなぁ。
冷蔵庫にハーゲンダッツのアイスクリームが
入っていたなぁ。
自由にいろいろできる選択肢があるなかで
自分の意志で「食べない」のと、「食べてはいけない」
のがこんなにも違うのだということに
あらためて気づく。
そう、大切なのは自由にできる、選択肢があるのか
どうかということ。
「やらない」、のと、「できない」の間には
とても大きな隔たりがある。
早く検査して、終わったら
あれを食べよう、これを食べようと妄想する。
味噌ラーメン食べたい。特上カルビ食べたい。
まわっていないお鮨も食べたい!
人間は、やはり動物だ。
「食」でできていると思う。
精密検査の結果は、「シロ」であった。
なんでも食べられる幸せ。
いつもは普通のことが、普通にできるということが
実はとても幸せなのだということを噛みしめる。
そして、癌だったら、と思った瞬間に
よぎったあれもやっていない、これもやっていない、と
慌てた想いの数々…
「できない」状態になる前に、一歩でも二歩でも前に
踏み出せるうちに、やっておきたいと思う。
「やらない」のと「できない」のは違うのだから…。
やりたいことは、やれる、うちにやっておこう。
できなくなる前に。
やらない後悔より、やった後悔である。
ところで、お医者さんから説明を受けているときに、
新たな事実が発覚した。
日本人女性には多い特徴だということだが、
私の大腸は、普通より長いらしいのである。
したがって、横になっているときは収まっている
腸が、立ち上がると下腹部へ下がって
いわゆる「ぽっこりお腹」になってしまうらしい。
ぽっこりお腹の原因はそこだったのか!
「先生、それ、腸を短くして、おなかポッコリは
なんとか「すっきりおなか」にならないんですか?」
言った途端に先生に笑われた。
「あなたのは、生まれつきですから、
どうにもならないんですよ」
なあんだ、こんなところに
ダイエット「できない」言い訳があった。
***
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