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ライティング・ラボ

あなたの素敵な羽



 

記事:安武一征(ライティング・ラボ)

 

「いやあぁ!!」

 

彼女はそう叫ぶ!
でも、彼はもう限界だ。

 

お互いの手は汗で滑りだし、力も入らなくなる。
限界だ。
そして、少しずつお互いの距離が離れていく。

 

彼はビルの屋上から上半身を投げ出し、落ちそうな恋人の腕を片方の腕で必死につかんでる。
宙に浮いてる彼女は上を見上げ、恐怖に震え、泣きながら彼に懇願の視線をおくる。

 

よくドラマや映画であるワンシーン。

 

ただ、実生活の中ではほぼないのが普通だ。

 

でも、僕にはこれに似た経験がある。
忘れることができないシーンが脳裏に焼きついてる。

 

頑張っているのはボクの手だ。
その時は両手を使っていた。

 

ボクは泣きながら、声にならない声で叫んでいた。
「誰か! 誰かー!!」
それを聞いて遠くから誰かが叫びながら走ってきているのが分かる。
「早く!」
そう思った。

 

ボクの映像には彼はもちろん下にいる。
ただ、その時彼がどんな表情をしていたのかは思い出せない。

 

泣き叫んでるボクと必死に頑張るボクの手の映像は覚えてる。

 

映画だとスタローンの様な男が筋肉をムキムキ鳴らしながら引き上げるか、
手が離れてしまいそうな瞬間、誰かがギリギリ間に合い一緒に引き上げるか、
手が離れるシーンをアップにされ、ズルズルとスローモーションで落ちていくかだ。

 

そして、ボクの場合は後者だ。
ズルズルっとボクの手から離れた彼はついに落ちていってしまった。
それは確かにスローモーションだった。

 

その瞬間、彼はどんな気持ちだったのか今ではもう分かりようもないのだ。

 

罪悪感といえば罪悪感。

 

この出来事は彼のミスでそんな状況に陥ってしまった。
しかし、関わったボクの心を疼かせてしまう。
その原因の一つに、はっきりと思い出せないことがあるからだ。

 

どっちだったのか。

 

あの時、最後の最後までボクの手は頑張ったのか。

 

それとも最後のあの瞬間、ボクの手は力をゆるめたのか。

 

この状況に関わった人間だからこそ、今でもそこが気になってたまに思い出す。

 

気になっているということはゆるめたのか。

 

力尽きるまで頑張らずにゆるめたような気もしてる。

 

あの時、最後にボクの心は怖くて逃げたんじゃないのか。
自分自身を疑っている。

 

人は置かれた状況から明らかに逃げ出してしまった場合と
逃げ出したわけではないが、しっかり対応できなかったかもという場合があると思う。

 

ボクの場合は後者だろう。

 

バスなどの中で近くに立っている年配者らしき人がいる時、席を申し出るか。
正直、迷うときもある。

 

去年の事だが、バスに乗っているときのこと。
バスは停留所にとまり、何人かの乗客が降りていった。

 

その時だ。
就活中だろう女子大生がバスを駆け足で降りていき、おばちゃんを追いかける場面に出会った。
ボクは気が付かなかったが、座席に置き忘れたおばちゃんの財布か何かを持っていったようだ。
「しばらく停車しまぁす」
と独特の声で運転手さんは車内アナウンスをした。
乗客達は何が起きているのかは理解しており、走る彼女を見ている。
目的を果たし、おばちゃんに無事渡し終えた彼女は待っていたバスに気づき、戻ってきた。
弾む息を整えながら、
「ありがとうございます!」
と運転手さんに向かって軽く頭を下げた。バックミラーで彼女の位置を確認し、
「発車しまぁす」
と何事もなかったかのようにあの独特の声で運転手さんはアナウンスをした。
プシューと音をたて、ドアが閉まったバスはゆっくりとまた動き出した。

 

ベトナムを旅している時だ。バスでブンタウからホーチミンへ中距離移動中のこと。
バスの中はところどころ何席か空いており、そこには大量の荷物が置いてあるところも。
そこに何人かのベトナム人達が乗り込んできたのだが、眠りこんでいるお客さんも多い。
座るところがほぼ無いと判断したのかバスの中程で数人が通路に立ったままで出発となった。
そんな様子をボクは一番後ろの窓側の席に座って、眺めていた。

 

ボクの隣には白人の男性とその向こうには彼が現地で買った一緒に旅する娼婦だろう彼女。
ベトナム旅行中の彼女だろう。ベトナムでは白人の男性旅行者によく見かける組み合わせだ。
ボクの隣りでずっとイチャついている。
彼女はサングラスをし、その手の女性にしかみえない艶かしい派手な格好をしていた。

 

そして、バスが進みだして少したった時だった。
突然、その彼女がサングラスを外して立ち上がり、バスの中程までなにげに通路を進む。
すると眠っている乗客達をすまなそうに起こし、何やら喋りかけている。
声をかけられた彼らはややあって動き出し、席にあるその大きな荷物を皆で棚にあげ始めた。
彼女は彼らをかたまって座らせ、席をまとめて空けたあと、立っている彼らに座るよう促した。
そして乗ってきた全員が座ることができたのだ。

 

彼女は一番後ろの元いた自分の席に戻ると彼とまたイチャつきだした。
正直、この彼女の行動を目の当たりにして
「美しい」と感じたし、格好良かった。

 

皆も何かを感じたのだろう。
やや間があって、車内は彼女に対しての拍手に包まれた。
いい光景に出会えたちょっとした幸福感が車内にはあった。
ボクも隣の彼の向こうにいる彼女に向けて拍手をした。
彼女と少し目があった。

 

彼女はボクのすぐ横で彼に抱きつきながら車内を見回し、照れた素敵な笑顔をしていた。
そして彼女は笑顔で彼と目を合わせ、軽くキスをした。

 

席を譲ったが、座ってもらえないかもしれない。
財布を持ってバスを降りて追いかけたが、バスは出発していったかもしれない。
席を空けさせようとしたが、空けてもらえなかったかもしれない。

 

でも、これらの行動に逃げた感は感じられない。

 

最後まで行動をしたのかどうかに大きな違いがあるような気がする。

 

あれから35年くらいだ。

 

「覚えてないね~。 俺が2才のときやろ?!  兄貴が6才?  そうかぁ、兄貴は手を放したんやね。さすが弟想いやな~」

 

覚えていない弟の中ではボクは手を放したことになってる。

 

ボクには弟がおり、当時、大阪の高槻市に父親の仕事で社宅に住んでいた。
その社宅のそばに空き地があって、よく遊んでいたのを覚えている。

 

三輪車に乗り、高さ1m程からヘドロがたまったドブ川にボクの手から落ちたのは弟だ。
コンクリートが敷かれた空き地は、横のドブ川へ緩やかに傾斜していたが柵はなかった。
三輪車を陽気に乗り回していた弟は止まろうとしたが、前輪をガタン!と川側に落とした。
ボクは三輪車の背もたれに手をかけて、必死に引っ張った。
見えているのはボクの手と弟の後頭部。
そして、弟は三輪車と共に頭からドブ川に落ちたのだ。

 

ドブ川を挟んだ道路を走っていた車からはその状況が丸見えだ。
何台かが車を止め、何人かが走って空き地の中に向かって来ていた。
ドロドロになり、泣き叫ぶボクの弟と三輪車はそこから大人たちに引き上げられたのだ。

 

弟は覚えていない。
覚えていない相手にその瞬間の気持ちがどんなだったかなど聞き出すことはできない。

 

ヘドロがたまったドブ川に落ちた弟は今や国立大学のりっぱな准教授である。
これからの日本の農業の未来を変えようと情熱を注ぐ人間になっている。

 

頑張ったボクの手のおかげなのだ! 少しはその可能性もあるかもしれない。

 

財布を拾い上げ、おばちゃんを追いかけた就活中の彼女はちゃんと就職できただろうか。

 

あの西鉄バスの運転手は渡辺通りで今も乗客を気にかけ、安全運転を心がけているはずだ。

 

あのおばちゃんは「今の若いモンはしっかりしとんしゃあ!」と、友達に話したかもしれない。

 

 

あの旅する素敵な彼女は皆に幸せ感をまきながら、今もお客さんと旅をしているのか。

 

あの隣にいた白人の彼は、もしかしたら彼女に惚れて、またベトナムを訪れたかもしれない。

 

ボクは惚れた。

 

素敵な彼女たちに出会った乗客は、ほっこりした気分を友達や家族に話したかもしれない。

 

ボクは話した。

 

 

バスの中で、旅先で、偶然出会ったみんなはあれからどうしてるだろうか。
それまでと大した違いはもちろんないだろう。ボクもそうだ。
でも、出会った出来事に触れた分だけ、気づかない何かが少しだけ変わっているかもしれない。

 

どちらにでも転ぶであろう出来事は日々そこらあたりに転がっている。
できることなら自分も相手も、その先の誰かも、心温まる瞬間を積み重ねていきたいものだ。

 

積み重ねた分、見えない素敵な何かがみんなを良い方に連れていってくれるだろうと信じたい。

 

そして、そうある世界であってほしいと思うのだ。

 

 

***
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2015-08-04 | Posted in ライティング・ラボ, 記事

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