ライティング・ラボ

今ひもとかれる梱包された父からのメッセージ


記事:西脇聡志(ライティング・ラボ)

「お父さん、この包みの中、何が入ってるの?」

「ああ、これは絵だよ。明日、朝一番でお客様に届けに行くんだ」

 

父は百貨店の美術部門に長年務めていた。そのせいか僕の家の書棚には父のつきあいのある作家さんの画集や絵が入れ代わり立ち代り並んでいた。

 

お付き合いの深いお客様のところには、直接父がお宅まで伺って絵を納品する場合もあった。

納品される絵はしっかりと梱包されていて、その中にどのような絵が収められているのか、まったくわからなかった。

それに僕も小さいながらに、これはとても大切なもので、父以外の家族が触れてはいけないものなのだな、と思っていたことをなんとなく覚えている。

 

子どもの頃には、自分の周りに小さな自分には想像も及ばない、たくさんの(そう、とてもたくさんの)秘密があふれているような感じがしていた。

もちろん、父が届ける絵の中身もその一つだった

そこには誰にも触れることのできないメッセージが隠されていて、絵は本来の持ち主のところに届けられるのをひっそりと待っているのだ。

小さい頃の僕は、けして開かれることのない絵に対して、いろいろと想像をたくましくしていた。

 

 

父はあまり家族の前で絵や仕事の話をする人ではなかった。

その代わり、よく僕を美術館に連れて行ってくれた。

小学校に入る以前からだったから、当時はそこに描かれていることも、その絵の意味も(正直に言えば)僕にはよくわからなかった。

そして、父も美術館に連れては行くものの、特に絵について僕に解説するようなことはなかった。

でも、いつの頃からか僕にとって、そういった絵に囲まれた空間がとても居心地の良いものになっていた。

 

思い返すと、僕はそのようにして絵を好きになっていったのかも知れない。

そんな僕が絵筆ではなく、ペンをもってライティングラボの記事を書いている。

それはそれで不思議な話だが、それはそれで現実の話なのだ。

 

 

ところで、僕の周りには残念ながら絵が好きだという人は少ない。

僕が熱心に絵画の話をしたところで、たいていの人は、

「ふうん」と(あくまでも礼儀的に)興味を示した後、さっさと別の話題に移ってしまう。

 

確かに、絵を見たところで、

仕事の効率化が図れるわけではない。

将来のキャリアプランに華やかな展望が開かれるわけでもない。

もちろん、お腹がいっぱいになることもない。

 

それでも絵はいつも静かに、そして辛抱強く僕を励ましてくれた。

固く梱包されたメッセージが、いつか僕の手元に届くのを待っているかのように。

 

 

 

そもそも、絵画や芸術というものは、今までの常識や慣習の多くを打ち破ってきた。

 

中世ヨーロッパにおいて、絵画と言えば、キリスト教の権威を高めるための道徳的な宗教絵画が中心だった。

しかし、イタリアをはじめとするルネサンスにおいて、今までタブーとされていたヌードを主体とした絵が多く描かれることとなる。

「神話」や「神」をテーマにしながらも、実は「人間」の肉体とはこんなにも美しいものなのだ、という人間賛美の強い意志が、絵画におけるヌードというタブーを破ったのだ。

 

ルネサンス以降も、

自分の見たままの印象を描く「印象派」

まるで夢の中にあるかのような「シュルレアリスム」

絵画の中には今までの常識や固定観念に捉われない自由さが表現されている。

 

 

僕が絵を見るとき、自分の心が満たされるように感じるのは、その表現の自由さを感じているのかもしれない。

常識や慣例を軽々と飛び越えていくその表現は、僕に強くメッセージを送り続ける。

 

「この世界において本当は決まりきったルールなんてないんだ

常識や予定調和のゴールなんかない、

ただ君のありたいようにあって構わない」

 

絵は、僕にそう語りかけている。

そして、大胆にリスクを恐れずに言ってしまえば、絵画たちは、僕に次のように語りかけている。

 

「君の心を満たしているものが、他の人と共有できるかは

とりあえず今のところは問題じゃない。

ただ、大事なのは、

君の心は、今一瞬でも、つまらない常識や古臭い観念から離れて

軽やかな自由に満たされている! そうじゃないのかい?」

 

 

僕は今、ペンを持ってノートに向かっている。

僕の周りにある常識や思い込みを軽々と飛び越える、

そんな軽やかな自由を、ほんの一瞬でもこの手の中に収めたくて…

 

そして、僕の父の話には後日談がある。

僕の就職が決まって一人暮らしを始めたときに、餞別というわけでもないが、父が僕に絵を送ってくれたのだった。

そのときもやはり、父はその絵について多くを説明しなかった。もともと多くを語る人ではないのだ。

でも、僕は確かに父の気持ちを受け取ったのだと思う。

絵を愛する気持ち、軽やかな自由を求める情熱。固く梱包されたメッセージは、長い時間をかけて、僕の手元にしっかりと届けられたのだ。

 

***

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2015-01-24 | Posted in ライティング・ラボ, 記事

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