メディアグランプリ

服を脱がずに会話を続けていたら、ファンタジーの世界に迷い込んでいた


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記事:火星(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
彼女たちと話をすれば何かを聞き出せるのではないかと、そう思っていた。
 
カーテンを開いて初めて対面したとき、プロフィールに偽りがないことに驚いた。
似ている芸能人としてあげられていた名前。幼さを残した丸顔は確かに似ていた。年齢は20歳で、少なくとも大きく違っていることはなさそうだ。
 
こんなことは当然だと思われる方もいるかもしれない。しかし、この世界のプロフィールに真実を求めるなど全くもって野暮というもの。年齢を聞いたら平気で5つ上の数字が返されることも珍しくない。以前そのことを突っ込んだら、あれは設定だからと言われたことがある。
 
そう、プロフィールは設定。名前が本名のわけないのは誰だって理解している。だったら、年齢から似ている芸能人から好きな食べ物まで、そこに書かれているのは彼女たちが演じているものにすぎないという理屈は別におかしいところはないだろう。
 
それに彼女たちには、客が一人もつかなければどれだけ待機していても無収入という事情があるのだ。
 
であるならば、森の妖精エルフと書かれたプロフィールを信じて指名したのに、出現したのはそれを演じるトロルやゴブリンだったとして、どうしてそれを批難できよう。
 
むしろ、私は彼女たちに学ばねばならない。
 
まぎれもなく人間である彼女に案内された薄暗い個室で、ベッドに腰をおろし、スーツの上と靴下だけを脱ぐ。
まずは定番の天気の話をした。昼間に仕事で取引先と会ったときも話題は天気だった。私は一日何回天気を語っているのか。
 
しばらくして、彼女にシャワーを浴びるよう促された。しかし、私はそれ以上服を脱がなかった。
代わりに鞄からペンとメモ帳を取り出す。彼女は「記者なんですか?」と不審げだったが、私の質問に応じてくれるようだ。
 
お金をケチってショートコースにしている。話をするだけならば時間は充分だろうが、それでも急ぐに越したことはない。
さっそく、私は質問した。
「お客さんがくるように営業活動を工夫しているんでしょうね」
「特に何もしてないです」
 
個人事業主だからといって、皆が向上心があるわけではない。そして売れる商品を持っていれば特に努力する必要もないということか。これもまた悲しいことに真理である。
 
他にも聞きたいことはある。
「どういった男性が好きですか?」
「清潔感があって優しいこと。笑顔が素敵で、ある程度のお金と一般常識があること」
今まで読んできたモテるための本やモテ講座に書かれていた、男の最低条件と同じだ。その情報が間違っていなかったことは確認できたが、特別な何かを見つけるのは難しそうだ。
 
「お客さんと付きあったことは?」
「ないです。最初にお客さんという関係で出会っているから、そういうのになろうと思わない」
それは残念。しかし、可能性がまったくのゼロということはないだろう。
 
私は食い下がった。
「でも、付き合ってほしいとか言われるでしょう?」
「たくさんありますよ。だいたい10人中8人くらい」
そんなにあるのか。付き合う方法を探り出そうと思っていたが、それ以前に交際を要求してくる男が多いことに圧倒されてしまった。
 
こういった店においては客の禁止事項というものがある。そのひとつは、交際や連絡先の交換の強要というものだ。
何度通ったとしても律儀に毎回禁止事項を説明されるのが不思議だったが、しつこく説明されるのは理由があるということか。
 
やはり、ここはファンタジーの世界なのかもしれない。
「よく、こういった店に来ていながら相手の女性に対して説教してしまう人がいるって聞きますね。こんな仕事してはダメだとか。そういったことはありますか」
「ああ、それはあまりなくて10人中1人か2人くらい。」
 
確かに思ったよりは少ない。しかし、そこで私はごく単純な事実に気がついた。
「ちょっと待ってください。さっき、付き合ってほしいとか連絡先を交換してほしいと言ってくる男が10人中8人と言いましたね。それから、説教したり蔑んだりしてくる男が10人中1人か2人。そうすると、こういったところにくる男のほぼ全てが何らかの問題行動をしていることになりますね!」
 
私は大いに自らの不明を恥じた。何が女はゴブリンだ。
男のほうこそ理性を失い本能のまま女体に向かって蠢く、大量に発生したスライムみたいな存在じゃないか。
そう気づいた瞬間、世界がぐにゃりと曲がり全身の力が抜けるのがわかった。
そうか、俺ってスライムだったんだな。
 
時間終了を知らせるアラームが鳴り、お別れの時間がやってきた。
「良い記事が書けるといいですね」と気遣ってくれた彼女。
私は礼を言って何度かお辞儀をするのみであった。彼女にはスライムが蠕動運動しているように見えたかもしれない。
 
忘れ物がないかを確認した後、彼女が受付にコールし私の退店を告げる。出口までの通路は寒く静寂に包まれていて、さながらダンジョンのようだ。彼女が歩く後にスライムが這って続いた。
 
目の前にカーテンがある。その向こう側はいつもの世界。私が人間に戻る時が来たようだ。
カーテンを開けて、最後に彼女はこう言った。
「でも、これだと少しネタが弱いですね」
スライムは倒れた。
 
 
 
 
***
 
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2019-12-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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