メディアグランプリ

テレビを納戸にしまった話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:関口 早穂(ライティング・ゼミ 冬休み集中コース)
 
 
「ガシャン」
今から友達の結婚式だ。ホテルの玄関に着いた車から降りたとたんにスマホの画面に蜘蛛の巣が張った。黒い画面は白くなった。
 
 
アップルストアで、修理を頼む。
「データのバックアップはお済みですか」
 
 
そういえば、このスマホにはがむしゃらに働いた社会人4年間分の写真や動画が入っている。
 
 
「でももう、全部いらないや」
 
 

4年分のデータを、全部消した。

 
 

テレビの画面がまぶしすぎる。
見ていると酔ってしまうような感覚に陥る。
 
 

その頃の私は、なんだかすべてに疲れてしまっていた。
色んな情報を逃すまいと、常に気を張っている。見えすぎてしまう。
 
 

テレビを見ると、何だか暗くて不安になるニュースばかりが目に付く。
バラエティも全く面白いと思えない。
仕事でもプライベートでも、心から楽しいことが1つも見つけられない。
いつも目や頭がチカチカし、時には吐き気がし、何かに追われている気がしていた。
 
 

4年分のデータを消してすっきりしていた私は、ふとテレビも無くしてしまえと思い立った。
さすがに捨てるには……と思い、部屋の家具の大移動をしてテレビを納戸にしまった。

 
 

スマホも同じだった。
画面がまぶしすぎる。
とにかくテレビやスマホなどのデジタル画面がダメだった。脳にダイレクトに光が来るような気がした。
 
 

デジタル・デトックス
デジタル機器を無くしたり、使用頻度を減らしたりすること。
巷ではそんな風に言うらしい。
ネットニュースやSNSで、はやりの言葉が横行する。
そこもやってみようかと思ったが、なかなか難しい。
 
 

暇さえあればスマホを覗いてしまう。
電車待ちの少しの時間、ちょっとできた空き時間。とりあえず手は無意識にスマホを取り出している。
SNSを使っていると、数秒後、数分後には誰かが何かを言っていたり、世界が変わっていく瞬間を目にしたりと楽しい。特に一人暮らしには。誰かと世界と繋がっているという実感は、時に自分のさみしさを薄めてくれる。何かテレビ番組や映画、コンサートの後などは同じ思いを共有できた気がして、本当に心が満たされる。どこかの誰かと共感できている。
 
 

ただ、その頃のわたしは一定の域を超えてしまっていた。ネットという情報の大海原で溺れていた。
 
 

SNSには常に友達の結婚の報告や写真が並ぶ。
まとめサイトを見れば、
20代のうちにやるべき8つのこと
就職前に知りたかった!失敗マナー
いつのまにか時代遅れになるアウター5選
彼氏に言ってはいけないNGワード8つ

 
 
心も体も元気な時に見れば、特に気にも留めないようなものだと今ならわかる。だが、へとへとになっているのに眠れない夜に何気なく見つけると、自動でタップして記事を開いてしまう。おめでたい話も、少しだけ心がチクッとする。まとめサイトを読むと、なんだか気持ちが暗くなる。
こんな私のような人が少なくないからこそ、承認欲求を求める投稿やゴシップ記事や煽り不安を煽るような記事はネット上に絶えず浮遊しているのだろう。
 
 
情報に一喜一憂する。
感情が振り回される。
それを何日も、何か月も、何年も……
習慣化してしまうことで、自分の限りあるエネルギーを無意識のうちに使ってしまっている。
それでも。どうしても、スマホを手放せない。いくつかのSNSを1周しないと気が済まない。
 
 

それは現実世界でもそうだった。職場の人間関係を観察し、気を遣う。水面下で何が起きているのか、常に考えている。飲み会や残業は、ある意味様々な情報を得るためのものだった。
 
 

常にSNSを見て、どんなことが起きているのか知ることも。
大好きなアーティストの情報を逐一追うことも。
会議の前に根回しするための情報を集めまくることも。
水面下で何が起きているのか、人間関係を観察することも。
もう無意識だった。
 
 

知らないうちに情報の海に溺れて、ついに息ができなくなっていた。
 
 

テレビをしまい、スマホでも現実の場所でも情報収集をあきらめた。
 
 

変わったことは。
 
 
何もしない時間ができる。これも一つだ。
 
 
だが、それよりも何よりも大きかったのは、単純に負の情報が入ってこないことだった。余計な事を目にしたばっかりに悩んだり傷ついたり考え込むことがぐんと減ったのである。

 
 
一人暮らしにおいて、テレビをつけないと、スマホを見ないと、世界から連絡手段が絶たれ、思い出は消え、自分は取り残されて一人になってしまったような気になる。誰かと繋がるすべがないとか、情報を得られない、というのは、ある意味瀕死の状態だと錯覚する。

 
 
だが、そうではない。

 
 
人間の脳にも何ギガというように限りがある。
何かに疲れていたり、思い出という名の情報がいっぱいになっていたり。
知らず知らずのうちに無駄にテレビをつけっぱなしにしていたり、ネットサーフィンによって自分のエネルギー量を鑑みずにギガを使い果たしていたり。
そりゃ仕事でもプライベートでも楽しいことに目を向けられない。というか入る余地がない。常に暗いニュースや不安に煽られた記事を見る習慣がついているのだから、楽しいことよりも、楽しくないことを見つけるのが得意になっていく。それも納得である。
家事もやる気がしなくなり、そんな自分がどんどん嫌になっていく。ましてや新しくどこかに行ってみようとかやってみようとか、そんな思いが生まれないのも当たり前の話だ。
 
 
それなのに、情報を集めるばかりに、人と比べては「いいなぁ」「自分は気力ややる気がない」と思う。「やらなければいけない」という前提で自分を責めているうちに、本当の本当に情報の海嶺に落ちて行ってしまう。

 
 
デジタル:デトックスをすることは、ウインドサーフィンを楽しむことだ。
 
 
溺れかけて苦しかった海から上がり、広い空も同時に見渡してみる。
大きく深呼吸する。
遠くには鳥の声もする。
風の方向を感じ、流れを自分で決めて帆の向きを変える。
これまでは見えなかった角度から、景色を見ることになる。
使っていなかった感覚が研ぎ澄まされていく。
やってみるとこれが案外、自分自身を支える筋肉、バランス感覚も必要なことが分かる。自分の体重と風の重さを釣り合わせ、乗りこなす。初めから簡単にはいかない。でもそれって忘れかけていた楽しさだ。
 
 
いい風が吹かないことだってある。いい波が来ないことだってある。
でもそんな時間にさえ気づく豊かさがそこにはある。

 
 
何かをなくすことは、別の世界では何かを得ることなのかもしれない。

 
 
 
 
***
 
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2020-01-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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