真っ白な王様
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:水野統彰(ライティング・ゼミ日曜コース)
中学2年生の頃だったと思う。僕は歩いて15分のところにある中学に、いつものように歩いて登校していた。雨が降っていてひどく寒い日だった。
その登校時、どこからともなくか細い鳴き声がした。雨の音に混じっていたので聞き間違いかと思ったが、友達にも聞こえたらしい。
声のする方へ駆け寄ってみるとそこには一匹の小さな、まだ眼も開かない手のひらサイズの赤ちゃん猫がいた。白い毛は雨に濡れ、時々転んだのか泥まみれだった。
この寒い中を一匹にしておくわけにもいかない。かといって店はどこも開いていない。家に戻ろうにも学校に遅刻してしまう。迷ったすえに学校に連れていくことにした。一時的に避難させてもらおうと思ったのだ。
今にしてみればよく受け入れてくれたと思うが、その猫はその日保健室で生活することになった。
保健室の中は温かく、寒さで冷えていたこともあってその猫はすっかり眠ってしまっていた。僕は一安心したものの心配で休み時間のたびに様子を見に行ったが、保健室は話を聞きつけた他の生徒でいっぱいだった。
下校時間になって誰かが連れて帰ることになったのだが、第一発見者は僕だし我が家ではすでに一匹猫を飼っている。これも何かの縁だと思ってそのまま僕が連れて帰ることにした。
仕事から帰ってきた母もはじめは困惑していたし反対だった。すでに一匹いるのにもう一匹なんて大変だ、というのが理由だった。それでも他に行くアテはない、ここにしかいられないことを力説してなんとか飼うことを許してもらった。
一安心して手の中の子猫を見やる。白い猫は「タロウ」と名付けられ、僕の家での生活が始まった。
正直なことを言うと初めは拾ったことを少し後悔していた。目は少しずつ開いてきたが足元がおぼつかない。トイレにも連れていかなくてはならない。ご飯も食べさせなくてはならない。それにまだ、一匹になれない。つまり家にいるときはほぼ僕と一緒だった。
次第に自力で歩けるようになってからはその後悔もすっかりなくなっていた。まだおぼつかない足取りで僕の後ろをついてくる。まだ開かなかった目はすっかり開くようになり、大きい黒目がまっすぐにこっちを見てくる。餌をねだったり身を寄せてみたりとすっかりなついてくれたことが僕は嬉しかった。
それからの世話は楽しかった。やんちゃなタロウは家中を駆け回るからたまに本気でとびかかってくることもあった。
タロウとの思い出の中で一番記憶に残っているのは、タロウと一緒に寝た日々のことだ。一緒に寝る、というと何とも微笑ましいかもしれないがこれは僕とタロウの陣取り合戦の日々でもある。
普段、タロウは1階にベッドが用意してあって僕は2階で寝ている。毎晩おやすみのあいさつをして2階に上がるのだが、時々タロウは1階から忍び出て深夜に僕の部屋の前で鳴くのだ。すっかり静まり返った夜中の2時とか3時のことだ。
寝ている耳にタロウの声が届く。でも眠たいので起き上がるのはちょっとめんどうだ。それに餌なら1階にちゃんと用意してあるからなぜ鳴いているのか見当もつかない。それでも鳴き続けるので結局いつも僕が根負けをして部屋をあけてタロウを中に入れる。
するとタロウは必ずと言っていいほど僕の布団を陣取って僕より先に眠り始めるのだ。
「あのなあ……」
ため息交じりに目をやると布団の中央にその体を横たえている。
猫は丸くなる、なんて嘘だと思うほどに体が伸び切っている。さらに厄介なのは僕が温めていた場所を見事に占領しつくすことである。結果としていつも僕が端っこに追いやられて時には寒い思いまでしてタロウの支配下に置かれるのである。
話はこれで終わらない。なんて言ったってタロウの朝は早い。
僕が目を覚ますより先に起き上がって再び扉の前で鳴くのだ。その理由はお腹が空いたからだ。まさに王様だな、と思いながら扉をあけると猛ダッシュで階段を駆け下り食事を済ます。
ようやく僕が1階に降りた頃にはすでに朝食を終え「やっと来たか」と言わんばかりにまた寝ている。そのたびに「二度と布団は譲るもんか」と腹に決めるのだが、その決意は毎回もろくも砕け散る。世話をして大きくなってくれたタロウに対する愛情がやはりそれを許してくれないらしい。
でも、そんなやりとりにもついに終わりが来る。
ある日、タロウは家からいなくなった。
それまでは外に出ても自力で帰ってくるかえさの音を鳴らせばすぐに帰ってきたのだが、その日は一向に気配がなかった。またすぐに帰ってくるか、と思ったがそれきりだった。
あまりに突然のお別れたっだからか、不思議と寂しくはなかった。
「元気でやれよ」と、その一言をそっとつぶやいた。
あまがみだった歯は痛みを与えるまでになり、腕の中ですやすやと寝息を立てていた小さい王様は、いつしか人の陣地を優雅に占領するようになった。はしゃぎすぎて木から降りられなくなった時も、助けられた後に平然と餌を食べて寝るというふてぶてしさを身につけたていた。だからどこかで元気にやっているのだろう、と思った。
それ以来、タロウとは会っていない。
誰か、もしくは自分の大切にしていた生き物が命を落とすと「心の中で生き続けている」と言う。
それは色んな思い出が組み合わさって、ふとよみがえる懐かしい感じとともに、またどこかで会えることを祈っているからかもしれない。
タロウがどうなったのか僕にはわからない。それでもタロウが僕にとって記憶とともに大きな存在となっていることは確かだ。またどこかで会えるだろうと信じている。
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