言葉をはなすこと
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:関口 早穂(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
「Sくんの字はいつもきれいだね。毎日漢字練習ノートを見るのがホントに楽しみなんだよ」
言葉にはエネルギーがある。
多くを語らないようなタイプの子だった。そんな子がお母さんや、学童の先生、いろんな人にその言葉を伝えたらしい。それからもずっと丁寧に字を書くことを楽しんでいる。何気なく言った一言だったが、その子の中では大きなエネルギーとして燃え続けている。
「去年はこんな日だったっけ」
5年日記を書いている。今日の簡単な出来事が中心だ。すごく書きたいことがあった日には、ペンが進む。うれしいことがあった日には、その時の思い出のチケットや写真を貼っていることもある。もちろん、何日も書けない日もある。一週間をまとめ書きすることもある。一週間をまとめて書くこともある。起こったこと、それに対する気持ち。
日記を書くことは、自分と話すことだ。
この日記の中には逃れられない苦しみの日々があったこともある。どこにもトンネルの出口は見えなくて、どこまでもこれの日々が続くのかと思った。そんな日は、苦しかったこと悲しかったことを書いた。それでも、日記を書ける日はまだましだった。書けないくらい日々にまいっている日もあった。泣けるほどに真っ白なページが続く。その日記を書いていたころは、自分を大切にできない日々が続いていた。苦しくて苦しくてこれを読み返す自分も嫌だろうな……と思いながら書いていた。
5年後は、この仕事、していないかもな。
まだ何かに悩んでいるのかな。
誰かと一緒に過ごしているのかな。
何かに楽しいって思うのかな。
でもちがった。
未来の自分は、そんなたった1年前の自分を温かく受け入れながら、その言葉たちを読んでいるのだ。気持ちも安定し、楽しいことも以前よりは見つかるようになった今、でもそのころを読むと、もれなく胸が痛む。光景がまざまざと目の奥に浮かぶ。
それでも、
目を開けて見ると、今ある暖かな環境、その頃は出会うなんて1ミリも知らなかった登場人物たち。この日々に感謝が広がる。この1日が愛おしくなる。
ほんとうにありがとう、
と何かに向けて思いを放つ。
日記を通して自分と話すことは、放すことである。
その日が来て日記のページを見る度に、あの日のことを思い出す。ばかばかしくてすごく面白いことがあった日がある。すっかり忘れていたけど、すごく嬉しいことがあったがある。ふわっと軽くふざけていた過去のその日の自分が、未来の今日の自分をじわじわ笑わせている。タイムマシーンは案外アナログだ。
思い出は、過去のものではない。
26歳から31歳まで。特にピッタリ気持ちのいい数字でもないし、何物でもない自分だけれど今日も思いを記録して、はなしていこうと思う。
誰に、ということはない。
嫌なことは、日記に書いて自分と話せばいい。
心が張り裂けそうな悲しみや苦しみは自分から離せばいい。
そうして色んな執着や思考から自分を放してあげる。
書くと不思議と思いが昇華されていくのだ。
それが、すぐの場合もあるし、何年か経ってからの場合もある。だが、ふり返ったその日には、受け入れることができていたり、許すことができていたりする。不思議だ。未来は、自分の選択次第で変えられるが、なぜか過去も変えられることが分かってきた。どの時点からふり返るかによって。
あの頃よりは少し楽に生きられるようになった今。ここからふり返れば、あの苦しみがずっと続かない。むしろあれがあったから今があると思えるようなことも出てくる。感謝できる。今後の人生でまた苦しいことがあっても、このパターンが分かっていることは救いになる。それが分かるだけでも、5年日記は価値がある。
ありがとう、ごめんね。あの日の私。
どこかのタイミングで、また過去の自分とも話すことができるのだ。
その逆に、放つという言葉の強さ。
砲弾を放つ。
ビームを放つ。
「言葉を放つ」ということは、それだけエネルギーがあるのだと思う。未来のことを書くこともある。
もう叶ったかのように書く。書いたことも忘れていたのにいつのまにかその通りになっていることだってある。Sくんの心の中に残り、未来を作っているかのように。
思いを話し、放すこと。
自分や誰かの心をぽっと温めたりクスッと笑わせたり。
周りがちょっと幸せな気持ちになるような、言葉を。そんな言葉を放っていけたら。
5年日記は、過去・現在・未来を行き来する。
柿は生らずとも、桃や栗が途中でおいしく食べられるかもしれない、その時間の中を確かに私は生きている。
さぁ2020年。今年は5年日記の3年目の年だ。
日記のページはまるで地層だ。今年は5本の層が並ぶ地層のちょうど真ん中が今この瞬間にも作られていく。東京オリンピックもこの層だ。どんな層が重なっていくのだろう。今日も自分と話しながら思いを放し、そして未来のために放っていこう。
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