「美味しいね」は「幸せ」の合図
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記事:高田 麻由(ライティング・ゼミ平日コース)
「ああ、美味しいねぇ……。お母さん、食べている時が一番幸せ」
ある日、母がしみじみとこう言った。
「もし、お母さんが美味しく食べられなくなったら、その時は病気だから、病院に連れていってね」
実家に帰省した時の晩ご飯の一幕である。
「ああ、幸せ」と母が心から嬉しそうに言ったテーブルに並ぶのは、なんてことのない晩ご飯。
ごはんとお味噌汁、サラダに豚バラ大根、小松菜と油揚げのおひたし、そして最近はまっているという無限ピーマン。(ピーマンの千切りとツナ缶を炒めて、醤油をかけただけなのに、美味しくて無限に食べ続けてしまう、というアレである。)
高価な食材があるわけでもない、何時間もかかるような手の込んだ料理でもない。それでも、美味しそうにごはんを食べる隣の母と、もくもくと箸をすすめる目の前の父と、テレビの健康番組の音声を遠くに聴きながら、確かに母の言う「幸せ」はそこにあるなと私も感じた。
私は、久しぶりの実家で、父と母と、なんてことはない、何十年といつも当たり前にあった「我が家のごはん」を食べながら、母の言葉に「そうだね」といいながら、ゆっくりと幸せを噛み締めた。
【誰かと美味しくごはんを食べられること】
好きな人と食卓を囲んで「美味しいね」と言いあえること。
つまるところ「人間の究極の幸せ」とは、そういうことなんじゃないか、と、私は思っている。少なくとも私にとってはそうだ。
そのごはんは、なんだってよくて、高級なお肉なんかでなくてよくて、ごはんと味噌汁でも、大根の煮物だけ、でもいいのだ。とにかく、自分が美味しいと思い、みんなが笑顔で、幸せだと思える時間を共有できれば、それが一番だと。
なぜなのか考えてみた。
たぶん、「過去でも未来でもなく、今まさにこの瞬間がただただ幸せ」と思えて満たされているからじゃないかと思う。
他にも「幸せ」はたくさんあると思うが、条件付きが多い。仕事での成功、お金を得ること、海外旅行など……「これができたら幸せ」「これを得られたら幸せ」は、叶えてしまうと、「もっと欲しい」「もっと上の幸せがあるのではないか?」と、常に満たされない。
20代。常に「幸せ」と「天職」を追い求める「青い鳥症候群」だった私がまさにそうだった。満たされない気持ちを埋めるため、飲み歩く毎日。海外旅行とスノボと習い事に大金をつぎ込んだ。
刹那的にはめちゃくちゃ楽しいが、終わった途端、心の隅に小さな空虚感が残り、さらにそれを満たすために「幸せ」「楽しさ」を求め続ける。
なんだか、お金も時間も、自分も、「消費している」気がした。
そんな日々から私を救ってくれたのは、「土鍋ごはん」だった。
土鍋には、友人の主宰する料理イベントで出会ったのだが、その時食べた土鍋ごはんの美味しさの衝撃を忘れられない。頭ではなくて細胞が喜んでいる感覚。求めていた「満たされる」感覚だったのだ。
それから、全く自炊をしなかった私が、ごはんを炊くようになった。
火にかけている時のグツグツいう音。漂ってくる甘い匂い。
蓋を開ける時のドキドキワクワク感。
ピンピンツヤツヤしたお米を見た時の喜び。
食べた時の美味しくて嬉しい気持ち。
ああ、今この瞬間が幸せなんだな。と素直に思えた。
「こんなにも近くに、私が求めていた幸せってあったんだ」
幸せは、求めるものではなくて、幸せだと気づくこと、感じること。
自分が「幸せである」と見出すものなのだと、土鍋でごはんを炊いて食べる、という体験から知った。
さらに、土鍋ごはんは、誰に振舞ってもとても喜ばれ、一緒にごはんを食べると誰もが笑顔になって会話が弾んだ。
この実体験があるからこそ、私にとって究極の幸せは、【誰かと美味しくごはんを食べられること】だと思うのだと思う。
私だけかな、と思い、友人にこの話をした時、こう言われた。
「でもさ、たとえばアフリカとかの少数民族とかだって、お客さんを歓迎する時、その部族にとって一番のご馳走でおもてなしをするよね。だから、食べるっていうことは私たちが本能的に知っているとても大事なことなんだと思うよ」
なるほど。どうやら私だけでない感覚なのかもしれない。
「美味しいね」は、「幸せ」の合図。
たくさんの「美味しいね」が聞こえる世界を、私は築いていきたい。
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