「迫りくる、オバさまの目力」
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:あかり(ライティング・ゼミ特講)
阪急神戸線。
大阪梅田行き普通列車。
平日の通勤ラッシュ時間帯でもあったため、
列車内に入った瞬間、座ることもできず、
イヤホンをして、
つり革を持ちながら、音楽を聴く。
自分の世界に浸ることができる20分間の始まりである、
はずだった。
ふと視線を落とすと、
じーっと私を見ながら何かをブツブツ言うオバさまが、
私の目の前に座っていた。
目力があり、イメージで例えるならば、
女性版稲川淳二のような表情である。
……。
私は思わず息をのんだ。
普通なら、なんですかってきくところ、
目力がすごすぎて、
きくこともできやしない。
怖くなり、席を離れて、
ちょうど空いた席に即座に座った。
ここだと、若干視界からはずれる。
しかし、そのオバさまはまだ、
ブツブツ独り言のようにつぶやいているようだ。
時折、私のほうに目をやっているのだ。
な、なんなんだ!
私はこれまで、
話しかけられやすいものを持っているらしく、
知らない人から道を聞かれたり、
気軽に声をかけられたりと、
どうも、よく話をされる。
今回もそんな感じなのかもしれないが、
とにかく、目力がすごすぎて、
たじろいでしまう。
3駅目あたりから徐々に人が増え、
オバさまが視界から完全に消えた。
ホッと胸をなでおろす私。
私は、終点まで座るため、
そのオバさまがどこかで途中下車してほしいと
心から願っていた。
終点までの20分間、
スマホをいじったり、
音楽に浸ったり、
景色に目をやったり、
人間観察をしたりと、
列車内でよくおこなう私の日常である。
ふと、思い出した。
先日、列車内で、
一人でブツブツ話をしているサラリーマンに
遭遇した。
そのときは、Bluetoothイヤホンで
ハンズフリー通話をしていたことが
終点になってわかった。
なんだ、紛らわしい。
下手したら、変質者である。
そうか!
あのオバさまも、
ひょっとしたらハンズフリー通話をしていたのかもしれない。
そう思ったら、
少し気が楽になった。
だけど、私を凝視していたのがとても気になる。
ひょっとして、霊でもついているのだろうか。
それとも、私に何か恨みでもあるのだろうか。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
気が付けば、自分の世界に、
オバさまの目力がはいってきているではないか。
まさしく稲川淳二、いや、淳子だ。
ホラーである。
もうすぐ終点。
オバさまの姿がまだ、あった。
このまま終点まで乗りそうである。
ヘッドホンで音楽の世界に浸っていたため、
少しずつ、
あの目力のある淳子のことなど、
忘れかけていた。
「次は、大阪梅田、大阪梅田終点です」
終点のアナウンス。
何はともあれ、
もうすぐ終点である。
やれやれである。
この日は、仕事がらみの研修2日目で、
少し疲れ気味の朝でもあったため、
淳子の目力に朝からかなりやられ、
研修を頑張る気力が若干失せていた。
気持ちを切り替えて、
大阪梅田駅を降りようじゃないか。
終点、大阪梅田駅に着き、
ヘッドホンをはずして
降りようとしたら、
目の前に、あの淳子がいた。
そして、またもや私に声をかけようとしている。
これは無視ができなくなってきた。
ただ、あの目力である。
こわくて、逃げようとしたら、
「違う。違うのよ!」
そう声をかけられた。
追いかけてくる淳子。
それでも逃げようとする私。
がらんとなった列車内で攻防が続く。
怪訝な表情の私。
私に近づき、
私の耳元で放ったオバさまの一言に、
私は凍り付いた。
「チャック、チャックあいている」
ノックダウン寸前の私に、
追い打ちをかけるあの目力。
「……あ、ありがとうございます」
蚊の鳴くような私の感謝の言葉を確認したオバさまは、
そそくさと去っていった。
取り残された私は、
そそくさとお手洗いに行き、
ズボンのチャックを上げ、
呆然としたまま、地下鉄へと急いだ。
なんて、大バカ者なんだ。
今まで、あのオバさまは私の身を案じて、
教えようとしてくれていたのである。
それを私は、稲川淳子だの目力が怖いだの、
言いたい放題だ。
挙句の果てにホラーにしたてあげていたのである。
オバさまに足を向けて寝られやしない。
幸い、チャックがあいていても
恥ずかしくない程度のものではあったが、
終点で追いかけられ、必死に逃げていた私の光景が、
なんとも滑稽で恥ずかしい。
これこそ、思い込みである。
一見怖そうな雰囲気を醸し出していても、
じつはものすごく優しい人で、
子ども食堂のボランティアを行っている人を
私は知っている。
それを知っていたにもかかわらずの
今回の思い込み事件。
なんてこった。
外見や思い込みで判断すると、
損をすることがある。
もしかすると、
大チャンスが待っているかも知れないのに。
オバさまは、
私にチャック以上に大きなものを伝えていたのだ。
人は思い込みで判断すると、
大事な何かまで失うかもしれない。
家族関係や人間関係などは、
特に気をつけないといけない。
ありがとう。オバさま。
感謝しつくしても、足りない。
今度もし、列車に乗って、
同じことが起こったら、
しっかりとイヤホンをはずして、
私のために伝えようとしている人に
耳を傾けてみよう。
自分の世界に浸るだけの20分間ではなく、
もっと広い世界へと私を導いてくれるはずだから。
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