ワインとの出会いははかない恋のように
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:山本和輝(スピード・ライティングゼミ)
「おすすめですか? 私が好きなのはこれです。もう素晴らしいです!」
蘊蓄めいた話など一切無しの気持ちのこもった一言に心が動かされてしまった。
私が、運命のワインと出会った瞬間だった。
あれは2004年頃だっただろうか? 私は会社への通勤の帰りによく立ち寄る高級食材を扱うスーパーで「1996年フェア―」と称したワインの販売キャンペーンを目にした。
1996年というのは、フランス、ボルドー地区のワインの当たり年と言われているらしく、ワイン初心者にはうってつけのキャンペーンだった。
私はソムリエでもないし、単純に渋みがあってコクのある赤ワインが好きだというぐらいだった。きっと当たり年のワインなら、自分の好みにあったものがあるかな? その程度の安易な感じで楽しんでいた。
でもその時、出会ってしまったのだ。
店員が本気で好きだと教えてくれた。
その運命のワインと。
最初にこのワインを開けて、グラスに注いだ時、あきらかにそれまでとは違う何かを感じた。グラスを軽く回して、立ち上る香りからして違っていた。そして最初に口に含んだ時からわかった。
「なんだ? この華やかな香り。渋みと複雑な果実味。これがよく聞くカシスか? 黒スグリか? いやチョコレートの香りもあるぞ! いったいどうなってるんだ!」
明らかにそれまで飲んだ他のボルドーワインとは違って、なんと表現していいかわからない不思議な余韻を口と鼻腔の中に残してくれた。
そして、その赤黒い液体は「私は葡萄の果汁からできたんですよ」ときっぱりと主張している。わかるだけでも4つや5つの経験したことのある風味が口の中で浮かんでは消え、うまみの粒子が舌の周りをコロコロと転がってまとわりつく。
ソムリエならもっと良い表現ができるのだろうが、残念ながら私はズブの素人。芳醇なあの香りをどう表現すれば的確なのか、人に伝えることができるのか。いまだにその答えは私の中にない。
そして、衝撃の出会いの翌日、お店に残っているそのワイン10本ほどを全部買い占めてしまった。それほど、私は打ちのめされてしまっていた。
問題は、その後である。まとめ買いの在庫はあっという間に減っていった。残り3本になった時、私は真剣に悩み始めた。
「これを飲み切ってしまったら、この幸せも無くなる。どうやって追加を手に入れよう?」
お店の96年フェアはとうに終わっていた。
「ここはネット通販に頼るしかない!」
私は意を決してパソコンで調べ始めた。
そのワインの名は「シャトー・フォンテニル」
有名なワインの産地ボルドーの北東、ドルドーニュ川沿いにフロンサックというマイナーな地域がある。
通販サイトの専門家曰く、シャトー・フォンテニルは、そのマイナーなフロンサック地区でも異彩を放つワイナリーだということだ。その所有者は「ミシェル・ロラン」。ワインの造り手の中でもメルローという品種を得意とし、その可能性を追求した名醸造家というではないか!
残念ながら1996年ものは品切れになっていた。しかし2000年、2001年のものの在庫は見つけることができた。私は、両方とも3本オーダーし、とりあえずの幸せの在庫切れだけは免れることができた。
さて、手に入れた2種のヴィンテージ(製造年)のワイン。2000年はグレーとヴィンテージと言われる年だったが、私が惹かれたのは2001年の方だった。2001年ものは、まだ若いこともあってか、グラスに注いだ時に果汁特有の濁った感じのある、まったく全透明感のないぱっと見にはちょっとできそこないな印象だった。でも、口に含むとそのほとばしるような若々いしい果汁感が私を虜にした。本当にザ・葡萄なのだ。ワインと葡萄ジュースの中間に位置するような、不思議な飲み物。
同じワイナリーでも、収穫された年によってこんなにも違う。そのことが素直に驚きだった。しかも、ワインは年々熟成で味が変化していく。きっとこの味わいを経験できるのは、ほんの1-2年ぐらいの間だけだ。この一期一会ともいえる素敵な出会いと切ない別れ。たかがワインに愛おしさを感じるありさまだった。
さらに、調べていくと、このワイナリーには、ミシェル・ロランが型破りな実験的手法で栽培した葡萄から作ったスペシャルワインがあるというのだ。
例年より多くの降水があった年、ミシェル・ロランは葡萄の品質低下を避けるために畑の一部の地面にビニールシートで覆ったのだ。降水量の多い年は、日照時間も短くなり、葡萄の糖度や果実味の凝縮度も低くなり、ワインの品質の維持も困難になるとされているからだ。
しかしその栽培方法は、格付け機関のガイドラインを破るものだった。だから、その畑の葡萄を使ったワインはワイナリーの正式な格付けで販売はできず、テーブルワインという格下のランクでしか販売ができないと言う。
しかし、ミシェル・ロランはあえて挑戦した。テーブルワインの格付けでも、このワイナリーの最高品質のメルローワインを作ることに。格付けを外れるというリスクを冒してでも、作りたかった最高のメルローワイン。もうこれは飲まずには居られないではないか!
そのワインの名は「ル・デフィ・ド・フォンテニル」
フランス語で「フォンテニルの挑戦」という意味らしい。
ネーミングもいかしている!
「欲しい、欲しい、欲しい! 絶対飲んでみたい!!」
ネットを検索しまくって、ようやくその希少なワインを2本手に入れることができた。
最初に飲んだ1本、それはとても強烈な印象だった。メルローを突き詰めると、こんなにも力強く、がっしりとした骨格のワインが出来上がるものなのかと。入手した金額は6000円程度だったが、それまで味わった1本2万も3万円もするものより、はるかに素晴らしいものだった。
そして、もう1本はまだ自宅のワインセラーの中にひっそりと眠っている。製造されて間もなく20年を迎えようとしている今、きっと飲み頃になっているに違いない。
そして、年月を経過したからこそ出会える味わいと、わずか6杯程度で終わってしまうそのはかない時間を過ごすことを思い浮かべると、まるで夢に見た恋人との一晩だけの邂逅をするような、心に沸き立つ感情を憶えるのだ。
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