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スーパー銭湯はガソリンスタンド


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:佐々木 慶(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「スーパー銭湯にでも行ってみるかい?」
 
まさに、狐につままれたような気分だった。
え、スーパー銭湯? なぜ、このタイミング?
つくづくそう思った。
 
多くの大学生の例に漏れず、私もサークルに所属していた。
大学のオープンキャンパスに来る高校生向けに学内ツアーをはじめとした様々なイベントを企画、運営するそんなサークル。
入部のきっかけは、新入生向けの歓迎イベントだった。
活動内容が楽しかったこともあってか、よくイベントに参加し、話し合いの場でもわりと発言していた私。
今考えてみれば、結構積極的にサークルに関わっていたと思う。
 
そのこともあってか、部長を選出する代である二年生になった私に部長の役職が回ってきたのはある意味、不思議なことではなかった。
 
部長の仕事は、主に議事運営。
メンバーから上がってくる数々のイベント案の中から、話し合って、実際に行うイベントを決定し、内容の詳細、役割分担等を決定していた。
話し合いには、なんと言っても進行役が欠かせない。
その進行役を担っていたのが、部長という役職だった。
 
そんな部長という大役を任されて意気揚々としていたのもつかの間、壁はすぐに私の前に立ち塞がった。
自分の意見が強すぎるメンバー、アドバイスを上から目線と言ってくるメンバー、「部長なんだから、もっとメンバーを引っ張っていかないとだめだ」と言ってくるメンバー。
別に、彼らは悪い人ではない。むしろ、一緒に仲良く活動をやってきたメンバーだった。
だからこそ、余計に気が滅入った。
 
「いったい、俺の何が悪いって言うんだ。なんで、みんな分かってくれないんだ!」
 
そんな思いに押しつぶされそうになった矢先、先輩のまさかの日帰り温泉へのお誘い。
先輩は、私がサークルに入るきっかけになったイベントを運営していた。
パソコンの打ち方、話し合いの書類の作り方、そして話し合いの仕方などいろいろなことを教えてもらったし、貧乏学生だった私にバイトを紹介してくれたり、ご飯をごちそうしてくれたりと何から何までお世話になりっぱなしな方だった。
 
先輩は、その頃就職活動のまっただ中で、サークルはほぼ引退状態だったが、時間を見つけては部室に顔を出してくれていた。
 
不安なのか、不満なのか、心の中で整理できないでいた私は、先輩に思いの丈をぶちまけていた。最低限の相づちは打ちつつ、黙って話を聞く先輩。
先輩の目には、私の表情が明らかに沈んでいるように写ったのだろう。
事実、とても気分が落ち込んでいた。
 
テンションが下がり、何にも気力が湧かない中での先輩からの誘い。
「正直、気が進まないなー」
「行ったところで、何か解決するのかな?」
と内心乗り気でなかったが、他ならぬ先輩からの提案だったので、乗ってみることにした。
 
着いたのは、大学から自転車で20分ほどの住宅街の中にあるスーパー銭湯。
大浴場の他に、広い休憩スペースを兼ね備えた食事処、マッサージコーナーがあるなど施設が充実していた。
肝心の大浴場は、建物の一番奥に位置していた。
脱衣所で服を脱いで、いざ大浴場へ。
 
白い光景が目に入る。
湯気がもうもうと立ちこめている。
流れるお湯の音、声から人の多さを感じることができた。ざっと10人はいるか。
中は炭酸風呂、泡が出るジャグジー、電気風呂、そして奥には露天風呂とバラエティーに富んでいて、自然と目を奪われた。
 
「すぐにザボンと、湯に入りたいところだと思うけど、まずは身体を洗わないとね」
さすがは先輩。私の心を見抜いているかのように、すかさず洗い場へ促す。
 
洗い場は一人ごとに仕切られていた。
あれだけ人が大勢いたはずなのに、身体を洗っている間は一人の空間になった気がした。
身体を洗い終え、いよいよお風呂へ。
 
「ふー」
湯につかると、気持ち良さよりも先に声が出た。
身体の芯から温まってくるのを感じる。
 
「どう? 気持ちいいでしょ?」
「で、何があったんだい?」
 
一緒に入っていた先輩が私に水を向けてきた。
それまでは、感情にとらわれて自分が何をしたのか、何に悩んでいるかがよく分かっていなかったが、自然と自分の考えを冷静に話すことができるようになっていた。
 
「落ち着いたみたいで良かったよ。最近、とても気を張っているように見えたからさー」
「自分も悩み事があるときは、よくスーパー銭湯に行くんだよ。そうすると、なぜか気持ちが落ち着いてくるんだよね」
 
たしかに、言われて見ればそうだ。
不思議と気持ちがとても落ち着いていた。
そして、その後の自分の気持ちの変化にはとてもびっくりだった。
「きっと、彼らは彼らなりにサークルのことを考えてくれているんだ。もう一回、話をしてみよう」
と、冷静にメンバーと話ができるようになっていたのだ。
あれだけ、メンバーの意見に心がとげとげしていたのにも関わらずだ。
 
なぜだろう。
湯につかり、身体が癒やされたことももちろん要因だろう。
しかし、それだけではない。
 
身体を洗う、という動作が、私の不安や不満を流し、そして先輩という自分以外の人とコミュニケーションを通して、自分にはなかった新たな視点や考えを知ることができたのだ。心の中の汚れたオイルを捨てて、きれいなオイルを入れたようなものだ。
そして、大浴場を出れば、料理やお酒等の飲料が堪能できる食事処、マッサージ施設がある。
スーパー銭湯は、車で例えると、オイル交換も燃料の補給も、洗車も1カ所で行える、まさに、「ガソリンスタンド」のような場所だ。
 
ここに来れば、私という存在をメンテナンスすることができるのだ。
 
それからというもの、スーパー銭湯によく行くようになった。
 
むろん、10年以上経った今も続いている。
一生、続けたい習慣だな、そう思うながら、今日もまたスーパー銭湯に向かう。
 
 
 
 
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2020-02-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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