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メディアグランプリ

父の姿はカップ入りティラミスケーキ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:岩波彌生子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
今年71歳になる私の父。
 
父は自営業を営んでおり、今なお現役で働いている。
昔から根っからの仕事人間で、朝は誰よりも早く出社し、土日に会社へ行くことも少なくない。
家では気づくと報道ニュースばかり見ていて、今流行りの芸能人は愚か、あのキムタクすら知らない始末。
 
父の性格は、一度意見を述べたら、なかなか考えを曲げない頑固なタイプ。THE・真面目人間。
 
そんな堅物な父が、昨年末のある日、救急車で病院へ運ばれた。
 
その日は、弟夫婦に子どもが生まれ2週間が経ったばかり。
私の弟を含め我が家5人とお嫁さんご家族が、お祝いのため弟夫婦のアパートへ集まっていた。
 
そんな家族団欒の最中、父が何の前触れもなく、突然意識を失ったのだ。
 
それまで延々と喋り続けていた話好きの父が、ふと静かになった。
その様子に私たちは違和感を覚え、父の方を見ると、ソファに座っていた父は急にがくっと頭を後ろにやり、ふっと目を閉じた。
 
(急に、寝た……?)
 
と私が思った次の瞬間、父は大きないびきをかきはじめた。いびきだけじゃない、身体がなぜだかびくびくと痙攣していた。
 
その場にいる全員がギョッとした。普通喋っている真っ最中に、いびきなんてかかないし、痙攣もしない。
 
それを目の当たりにした瞬間、私の脳裏にはいつぞやテレビでみた言葉がよぎった、
「脳梗塞の症状の表れのひとつに、急に意識を失い、いびきをかきはじめる現象がある」、と。
恐らくその場にいる皆が同じように考えたのだろう、誰もがその異常事態に表情を一変させた。
 
母とお嫁さんのご両親は父の肩をたたきながら父へ呼びかけ、
1人は震える手で携帯電話を握りしめながら119番を押し、残る私たちはただただその様子を見守るばかり。
 
119番通報後、程なく6名ほどの救急隊が家に到着。
その頃には幸いぼんやりと意識を取り戻した父は、数名の隊員によってストレッチャーに乗せられ、
母と私が代表して救急車へ同乗した。
 
(かろうじて意識は取り戻したけど、この後父はどうなるんだろう……)
 
救急車に揺られながら、底知れぬ不安が胸に広がってはその気持ちをかき消し、広がってはかき消しを何度か繰り返し、
ようやく病院へ到着、そのまま緊急検査室へ運ばれる父を見送りながら、母と2人、待合室にて待機することとなった。
この父が運ばれてきた病院、実は1年前にも来たことがあった。
私の父は1年前病を患い、十数時間にわたる大手術をこの病院でしたばかりだったのだ。
現在は完治しているが、その病は人によっては死に至る可能性もあり、病発覚当時家族皆が一度は最悪の事態を覚悟した。
 
そんな過去も相まって、
(命が助かったのは束の間、ついにこの日が来てしまったのかしら……)
と嫌な想像がぐるぐる私の頭の中を巡る。
 
父が検査室へ運ばれてから1時間ほど経ち看護師さんから面談室へ呼ばれた。
 
母と私、そして後から入院用パジャマを持って急いで駆けつけた妹、
3人で心臓をばくばく言わせながら面談室へ入り、お医者さまの言葉を、息をのみ、待つ。
 
医師「検査の結果が出ました。えー、特に何も異常はないですねー」
 
(……ん?)
 
「お父さん禁酒中だったと聞いてますー。
にも関わらず、急にお酒をお飲みになり、血糖値ががくっとさがって突如眠くなられたのでしょう。
いびきに聞こえたのは、つまり、本当にただのいびきですねー」
 
(……はい?)
 
聞けば1年前の手術以降、お医者さまにお酒を止められ、父はずっと飲酒を控えていた。
にも関わらず、この日はよほど初孫誕生が嬉しかったのか、お祝いごとにかこつけて、こっそり日本酒を3杯も飲んでいたらしい。
 
ゆるーく語るお医者さまの声を聞きながら、
母、私、妹は、あれがただの居眠りだったという状況を飲み込むまで少々時間がかかった。
 
が、しばらくして、ようやっと言葉の意味を理解、父に何事もないと分かり、
そっか、良かった……と一安心。
 
と、同時に父への怒りがこみあげてきた。
 
(なんて、人騒がせな……! そもそも禁酒というドクターストップがかかってたなんて、私たち聞いてない!
めちゃくちゃ心配したこの数時間を返せ、お父さんのバカ!)
 
確かに、家庭の医学レベルの知識で最悪の事態を勝手に想像したのは、私たちだ。
だが、しかし、お父さんが自ら気を付けていたら、これ、防げたよね?
自分にも他人にも厳しいと思っていた父だったが、
初孫が生まれた嬉しさとお祝いムードに甘んじて、父の自制心はその場からどこかへ消え去ってしまったらしい。
お医者さまの話が終わり、女3人でグチグチ文句を言いながら面談室から出てくると、
珍しくしゅんとした顔をした、いつもより静かな父がちょうど検査室から出てきた。
 
その父をあきれ顔と安堵の顔、それぞれの表情をした母、私、妹、後からやってきた弟で出迎え、家族から散々にお小言を言われながら、父と私たちは無事帰路へ着いた。
 
あれから数ヶ月、今日2月15日は父の誕生日会。
いつぞやの「父居眠り事件」の事件現場である弟夫婦の住むアパート1室に集まっていた。
 
今日は父の好きなカップ入りティラミスケーキを筆頭に、好物の品ばかりを集めた。(ただし、もちろん、お酒は一切抜きだ)
 
居眠り事件当時は生まれて幾日も経たなかった赤ん坊も、今では表情もより豊かになった。
そんなきゃっきゃと喜ぶ孫を腕に抱えた父は、めちゃめちゃ表情を緩ませながら、幼子をあやしている。
 
(これも全て、おんなじ父の表情なんだよなぁ)
 
仕事に一途で、一見外から表情が読み取りにくい姿も、
意外と頼りない一面を持つ姿も、今甘々な顔をして私の目の前で赤ん坊をあやす姿も、
全て父が持つ要素。
 
父はティラミスケーキと似てるな、と私はこっそり思った。
 
一見中に何が入っているのか分からないココアパウダーがかかった表面、
そこにスプーンをいれると思った以上に頼りなくやわらかで、あまいクリームが存在し、
かと思えばほろ苦いエスプレッソがしみ込んだスポンジケーキが表れる、
 
そんな様々な表情をもつ、まるでこのティラミスケーキのようだ。
どこか憎めない愛すべき父の様子を眺めつつ、誕生日ケーキを頬張りながら、私はそう思ったのだった。
 
 
 
 
***
 
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2020-02-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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