リュックはコンドームでパンパンになった
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:郡山秀太(ライティング・ゼミ日曜コース)
「郡山、出て行け」
美術部顧問のT先生はこちらを向いている。
その怒りは高校生の僕へ容赦なく向けられていた。
パソコンのある視聴覚室。
エイズデーポスターコンクールに向けて美術部はせっせと手を動かしていた。
絵の具を使う人、パソコンを使う人と分かれた。
僕はパソコンで作ることにした。
さっき、せっせと手を動かしていたと書いたが僕は違った。
アイディアが出ない。
慣れないパソコンでのポスター制作。
授業後の疲れた体。
集中できていなかった。
視聴覚室は美術部員だけではない。
僕の通っていた工業高校のインテリア科には、木工コース、製図コース、デザインコースがあった。
デザインコースを選択した先輩も、課題をこなすべく同じ視聴覚室にいた。
先輩のとなりに座っていた僕はついつい話しかける。
しかも目の前にあるパソコンで、部活動と関係ないネットサーフィンをしながらだ。
T先生は、同じ部屋にいるが先生用パソコンとにらめっこしている。
質問する生徒もいたことから、まず、さぼっていることなど気づかないだろう。
と、思っていた。
視聴覚室には、ある噂があった。
『十数台のパソコンは、先生のパソコンから、画面が監視できるようになっている』
ただ、一度も、注意されたことがないのだ。
インターネットでいくら遊んでいても、部活動と関係ないことをしていても。
噂は噂で、本当はそんな機能はない、という認識だった。
しかし、僕は怒られた。
きっと、噂は、本当だったのだ。
出て行け、と言われたら出て行くのが郡山流である。
たぶんT先生としては、
「郡山、出て行け」
「ひ、ひえ〜すいませ〜ん」
「ったくぅぅ! お前ってやつは! ちゃんとしろよ!」
となる感じだったんじゃないのかしら。
冗談も真面目に受け取りがちな郡山少年は「すいません」とひとこと残して視聴覚室を出たのであった。
視聴覚室と美術部の部室は、インテリア科棟といわれる別校舎の2階にある。
視聴覚室→職員室→美術部の部室という並び。
職員室の前には、ヘビースモーカーであるT先生の灰皿とブラックコーヒーの缶が地べたに置かれている。
禁煙ムード濃い今であれば、批判の目を向けられそうだ。
インテリア科棟の廊下は外にあり、雨の日は半分くらい水浸しになる。
T先生はいつもそこで、たばこを吸いながら、ブラックコーヒーを飲み、濃いヒゲをさすっていた。
今日はその人に追い出されてしまったなあ。
荷物を置いている部室へ、足早に向かった。
部室で、荷物をまとめる。
怒鳴られたことで気分が落ち込んでいる僕は無言だ。
部室は、ひとつの教室を半分だけ使った空間だ。
もう半分は、女子更衣室になっていた。
もちろん見えないよう高い高いバリケードがされている。
女子更衣室は、溜まり場にもなっていることから楽しそうな話し声がよくしていた。
その時もそうだった。
意外とショックだっただろうか。
女子のキャッキャした明るい声が、さらに僕を孤独にして、へこませる。
部室には他の部員もいて、情けなさすぎて耐えられない。
そそくさと部室を後にする。
さらば、美術部よ。
「郡山」
職員室の前にT先生が立ちはだかっていた。
おもむろに、たばこに火をつけるT先生。
「俺はさぁ、郡山に期待してるんだけどなぁ」
フゥーっと煙を空にはきだす。
ヤニの匂いがほのかにする。
昔父がたばこを吸っていたので別に嫌ではない。
「もうちょっと頑張ってみないか」
高校生は、期待している、という言葉に弱い。
認められたい。承認欲求が爆発している時期だ。
昔、夏祭りで、あんただけにあげるからね、と母から500円もらって嬉しかった。
あとから聞いたら、実は兄ちゃんも姉ちゃんも2000円もらっていて悔しかった思い出がある。
僕に。僕だけに。には弱い。
「すいませんでした。頑張ります」
僕は頑張ることにしたらしい。
でも、本当は、呼び止められることを望んでいたのかもしれない。
もし本気で出て行くなら、退職を決意した社員のように、説得には応じないだろう。
単純でよかった。
視聴覚室の噂は本当だった。
だから、もうサボれない。
毎日、パソコンをにらむ。
なんとか、納得いくものができ、ポスターを出品した。
美術部の課題は、エイズデーポスターコンクールだけじゃない。
部活動は、休む間も無く制作を続く。
偏屈な僕は、不思議とやる気になった。
期待している、という言葉は強かった。
反芻しては、ニヤニヤして頑張ることができた。
エイズデーポスター出品後、数ヶ月がたつ。
職員室の前。
T先生は美味しそうに、たばこをくゆらして、こう言った。
「おう、郡山。でかした」
僕のリュックは、コンドームでパンパンになった。
東京で開催された授賞式に参加したのだ。
最優秀賞の副賞としてポスターデザインがコンドームのパッケージになったらしい。
記念に1個もらえればいいと思って、スタッフの方にお願いしたらリュックに入りきらないほどいただいた。
困った顔を一応したが、すぐニヤニヤが止まらなくなったのを思い出す。
大人になった僕は、いま、看板のデザインをしている。
T先生が本当に期待していたかどうかなんて、どうでもいい。
ポジティブな目で見られていることで、人はこんなにも頑張れる。
人生を変えたと言っても過言ではない。
やる気を出し、制作に取り組んだあの時の経験があるから、いまデザインを仕事にすることができているのだ。
「期待している」
その言葉が、いまも僕を後押しする。
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