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煩悩クッキング 札幌とコーヒーと私編


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:谷中田 千恵(スピード・ライティングゼミ)
 
 
「はい、じゃあ、チクっとしますね」
 
見上げる天井は、カーテンレールで四角く縁取られている。
響く看護師さんの声は、どこまでもやさしい。
 
「痛くないはないですか?」
 
声の響きとは、裏腹に、右腕に鈍い痛み。
うっすら、涙が目に浮かぶ。
なんだってこんな目に合わなければならないのか。
 
札幌へと旅行に来たのは、三日前のこと。
行きの飛行機の中から、私は、浮かれに浮かれていた。
 
北海道は、おいしいものの宝庫だ。
さあ、何を食べようか!
 
飛行場から市内までの電車の中、フルスロットルで検索を続ける。
ジンギスカンに、スープカレー、味噌ラーメン。
夜パフェって、なんだ?!
うれしい悲鳴が、止まらない。
 
検索を続けると、札幌には、素敵なカフェが何件もあることがわかった。
むむ、これは、禁断のカフェ巡りを解禁する日がやって来たに違いない!
 
何を隠そう、私は無類のカフェ好きだ。
おいしい甘味をこよなく愛しているし、細部まで工夫を凝らしたインテリアを見るのはたまらない。うっかり、私までおしゃれになったような気になる。
店員さんやお客さんの雰囲気から、その町の日常をなんとなく覗き見る感じも好きだ。
 
ただし、何件も、はしごするカフェ巡りとなると、注意が必要となる。
 
まず、カフェは大概、居心地がよく長居をしてしまう。
そのため、数件回ると、観光する時間がなくなる。
今までも、カフェに夢中になるあまり、泣く泣く諦めた名所は、数知れない。
目的の美術館の目の前のカフェに、足を踏み入れたが最後。
美術館を見ることなく、そこで閉館時間を迎えたこともある。
 
さらに、大きな問題は、お腹の許容量だ。
毎回、スイーツと飲み物を注文すると、3軒目ぐらいには、苦しくてたまらない。結局、土地の名物を食べられずに終わるという危険性をはらんでいる。
 
その土地のおいしいものを食べない。
これは、旅の醍醐味を8割捨てるぐらいの悲しみである。
 
飲み物だけ注文し、スイーツを食べなければいいのではと思われる方もいることと思う。
しかし、謹んで却下させていただく。
 
なぜなら、私は、コーヒーが飲めない。
 
ええ、カフェ好きのくせに、コーヒーが飲めない。
 
お気持ちは、わかります。
なんのための、カフェ。
 
もちろん、何度か挑戦はした。
でも、どうにも好きになれないのだ。
 
だって、苦いし、ちょっと酸っぱい。
ああ、私は、永遠のお子様です。
 
だから、私は甘味のために、カフェを巡る。
なんと言われようと、甘味のためにカフェを巡る。
 
某ログ情報によると、札幌のカフェはどのお店にも個性があり、魅力的だ。
札幌は、これまでも何度か来たことがある。多少、観光に支障をきたしても構わない。
いざ、カフェ巡りの解禁である。
 
初日、2日目は、すこぶる順調だった。
 
巡ったカフェ、全てが素晴らしかった。
薪ストーブにあたりながら、クリームたっぷりのココアを飲む幸福感たらなかったし、朝日が降り注ぐサンルームの中で食べる、りんごと栗のフルーツサンドの優しい甘さは、一生忘れないと思う。
 
最終日、3日目に行くお店は、初日から決めていた。
関東でも、名前を耳にするほどの有名店。
古民家を、リノベーションした本店の佇まいは、伝説となっている。
 
まずは、ホテルから近い2号店で、朝食を食べ、本店へ足を運ぶ計画だ。
 
さらに、私は、この2店舗で、コーヒーにチャレンジしようと決めていた。
 
このカフェのコーヒーは絶品で、コーヒー通のあいだで噂となっているらしいことを、ネットの記事で見かけたからだ。
しかも、私の苦手な苦味も、酸味もないと書かれている!
 
2号店に入るなり、サンドウィッチとホットコーヒーを注文する。
 
やや! 確かに、おいしい。
苦味が、薄く、酸味がない。
でも、しっかりとあの香ばしい香りは広がる。
 
サンドウィッチの塩気も、受け止めて、するっと流れる。
あれ、私、コーヒー、飲めるじゃん。
 
本店では、水出しのアイスコーヒーにチャレンジした。
これまた、おいしい!
 
しかも、こちらは、ちっとも苦くない。
これが、コーヒーだなんて!
 
薪ストーブでこれでもかと温められた店内では、ひやっとした温度が心地いい。
一緒に、注文したチーズケーキにも、ぴったりと合う。
チーズの濃厚さを、香ばしい液体が爽やかに流して行く。
チーズケーキに、コーヒーを合わせる意味を、初めて知った。
 
ありがとう、札幌。
ありがとう、北海道。
私のコーヒー人生の始まりです。
 
なんとも清々しい気持ちで、店を後にする。
これで、旅行も無事に、締めくくられた。
どうやら、私は、大人の階段を登ってしまったようだ。
満足感を携えて、駅へと向かう。
 
ところが、駅が見え始めると、なんだか、お腹に違和感が。
うーん、みぞおちのあたり。胃だろうか。
 
はた、と思い出す。
そうだ、カフェインだ。
 
普段、飲みつけないせいか、私はカフェインの強いものを飲むと必ず気分を悪くする。
通って4年にもなるのに、茶道教室の後は、常に胃痛との戦いだ。
 
あれよあれよという間に、胃はシクシクと痛み始めた。
 
電車に乗ると、痛みは、気持ち悪さに変わった。
乗り物酔いの、ひどい状態に似ている。
もう普通には、座ってはおれず、トランクに突っ伏す。
今にも、もどしそうだ。
 
やっとの思いで、空港に着くと、トイレに急行した。
鏡にうつる顔があまりにも真っ青で、人ってこんな顔の色になるのかと驚く。
 
チェックインカウンターに行くと、私の顔を見た係の人に、空港内の診療所に行くことを強くすすめられた。
ふらふらの足取りで、来た道を辿る。
 
診療所の先生は、手慣れた様子で、
「乗り物酔いですね。注射を打ちましょう」
と一言。
もはや、抵抗する気力もない。
 
右腕に、これでもかというぐらい太い注射をうたれる。
 
もう二度と、コーヒーを飲むまい。
注射の痛みとともに、決意したことはいうまでもない。
 
かくして、私のコーヒー人生は、短い幕を閉じた。
 
 
 
 
***
 
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2020-03-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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