登りたい山
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:山本 正和(ライティング・ゼミ平日コース)
※このお話は、フィクションです。
「一体どこを見ているのだろう…」
わたしが話をしている時に、子どもたち29人のほとんどの人と目が合わない。目が合うのは、窓側の前から3番目に座っている、いつもおとなしいこずえさんと、一番後ろの真ん中に座っているりかさんの2人しかいない。他の人たちは、下を向いていたり、窓の外を見ていたり……下を向いている人の何人かは、手でごそごそと何かを触っている。教室は静かだが、暗くどんよりとした空気が流れている。
「三角形の面積の公式は?」
小学校の担任をしているわたしは、クラスのみんなに問いかける。
誰も手を挙げない。男子の数人が、うすら笑いをしている。冷ややかな笑いだ。先生の困っている姿をみかねたのであろうか、こずえさんが手を挙げて、
「底辺×高さです」
と答える。
三角形の面積には、「÷2」が必要なのだが忘れている。クラスの多くの人が答えを間違えていることに気づき、じろじろとこずえさんの方を見ながら嫌な笑いを再びする。
「一体なんでこんなクラスになってしまったのだろう」
まさに、わたしのクラスは学級崩壊しているのだ。とても静かに…だ。
昔の学級崩壊というと、立ち歩いて騒いで、授業が成り立たないという崩壊が多かったのだが、最近の学級崩壊は静かに壊れている。
SNSの発達により、全く見えないところで、クラスの誰かが仲間外れにされている。先生に対しても、陰で悪口を言っている。しかも、なんとなく聞こえるようにわざとらしく。
「もうこの仕事はやめよう」
そんな気持ちで立ち寄ったカフェで、ある男性に出会った。その男は、花沢。
「ちょっと、君、大丈夫?」
「ん?」
「こんな美味しいコーヒーを、こんな素敵な空間で飲める場所なのに、とんでもなく暗い顔をしているから、心配になっちゃって……」
「え?」
そんなに暗い顔をしていたのか…気づかなった。なんだか無性に花沢さんに話をしたくなってしまって、今の小学校での仕事がうまくいっていないことを全て話した。花沢さんになら、何でも話せような気がした。
「大変だったね。でも、君の全てを否定しているわけではない。きっと4月の頃は、みんな今とはちがって、明るくいろいろなことに挑戦しようとしていたのだろう?」
確かに。忘れていたが、4月はすごく活気があって、学校が楽しかった。いつの間やら、クラスはくずれてしまっていた。いつからなのかは全くわからないが……
「ところで、山登りってしたことあるかな?」
「いえ、小さいころに家族でハイキングっていう名目で、1時間くらいで登れる山に登ったことがあるだけです」
「そうか。山登りは楽しいよ。ぼくなんか、そんなに運動得意ではないけど、結構登れちゃうもんな。もちろん、道中はすごくきつい時もあるよ」
「あのぉ、どうして急に山登りの話を?」
「あっ、そうそう。どんなに高い山でも、一歩一歩を積み重ねていくと、頂上に着くんだ。それと同じで、今の君のクラスも一歩一歩積み重ねたんだ。でも、道がちがったんだな。ただ、それだけだよ」
そうか、クラスがこうなってしまう何かを積み重ねてしまったのか…
「どうすればよかったんですかね?」
「まず、君が向かっている頂上はどこだったんだい?」
「うぅぅん、あまり考えたことがなかったんですが……子どもたちがみんなで楽しく過ごしてもらえばいいかなって思ってます」
「そうか、頂上に霧がかかっているなぁ。もっと具体的に考えておくとよかったね。頂上を明確にしておけば、自分がそこに向かえているかどうかがわかるんだよ。そして、現在地から、どうやって頂上に行くかをあらかじめ考えておく。もちろん、ちょっと道からそれてしまいそうになる時はある。だからこそ、今の道で合っているのかを時々確認する。学校の先生の仕事で言うと、毎日5分でもいいから、みんなが帰った後に、振り返りを書くといいかなって思う。予定の道から外れることは当たり前。要するに、道から外れているとわかれば、軌道修正すればいいんだから」
「そんなこと考えてなかったです。これからでも遅くないですかね?」
「現在地が、かなり頂上から離れてしまっているのかもしれないね。だから、頂上にたどり着くことはできないかもしれない。でも、頂上へ向けてあげることだけならできるかもしれないね。だから、一つずつ今までやってこなかったことをやっていくことで、頂上に向けられるかもしれない。ただ、結果を急いではいけないよ」
「そうですよね」
今は、もう2月。4月からの積み重ねは大きい。そんな簡単に頂上には登れない。でも、少しでも近づくことはできるかもしれない。
「そろそろ家に帰らなきゃ。そうそう、最後に一番大切なことを言っておくよ」
「お願いします」
「山を登る途中、いろいろな景色を眺めて、笑顔で登ることが大切なんだよ」
「そうか。楽しいことも、悲しいことも、いろいろなことが毎日起きる。学校って、毎日が想像もしていなかったことが起きる。それを見守りながら、基本は笑っていることが大切なんですね。思えば、いつの間にか、子どもの前で笑うことができなくなっていたと思います。さらに言うと、子どもの前どころか、普段の生活でも笑っていない。こんな素敵なカフェにいるのに、暗い顔をしていた。そりゃ子どもたちだって、そんな先生に近づきたくないですよね」
「そうそう。何事も笑顔でいこうよ」
そう言って立ち上がり、レジで500円を置いて、カフェから出ていった。
わたしはいつの間にか、笑顔になっていた。
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