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メディアグランプリ

おはようタピオカ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:吉池優海(ライティングゼミ 日曜コース)
 
 
今日もあんまりおいしくないなぁ。
 
馴染みのタピオカ屋を毎日訪れる。
 
「今日のおすすめはなんですか」
「これなんかどう?」
「じゃあそれで」
 
カップを受け取り、なかに詰まっている黒いつるつるとした球体と、合わせられている飲料を味わう。
今日も、おいしいタピオカではなかった。
 
このタピオカは24時間営業している。朝の8時でも、お昼時でも、真夜中の3時でも、いつでも開いている。
客はいつも私しかいない。値段はない。
味は美味しいときもあれば不味いときもある。
 
24時間年中無休のこの店は、この世に生を受けた人間の数だけ店舗がある。
訪れたことがない人はいないだろう。商品の数は、店舗の数より断然多い。
 
少し前まで、不味いものを頼み続けていた。
商品名は、「2019年8月」「2018年4月~6月」「2017年3月」……2017年から2019年までほとんど不味かったかもしれない。それらを頼み続けていた。
不味いものを頼みたくて頼んでいるというより、誰かに強制されて頼んでいるような感覚があった。
 
それらに入っているタピオカは艶やかで甘そうに見えず、漆黒で光が反射しない苦い(なかには激辛のものもある)ゴムのようだった。
何度も何度も、後ろからナイフで脅されているかのようにひたすらそれを頼み、小さなゴムをひとつひとつゆっくり咀嚼し、やっとの思いで飲み込む。飲み込めないものもあった。喉につっかえて、つらさで涙が出ることもあった。どうしてこんな、と感情が詰まりどうしようも出来ない自分の無力さに力が抜けることもあった。
 
あの頃飲み続けていたタピオカは私の感情を四方八方から傷付ける劇薬だった。
 
毎日、人は記憶を思い出す。
遠い過去のことからつい数時間前のことまで、記憶を細かく手の届くところに手繰り寄せる。
記憶はなんども再現できる。自分の都合がいいように改変することもできる。
「もう少し甘さ、足してください」
お、おいしくなった。よかった。
記憶の改変は自分でも気付かないうちに背中からひょこっと出てきたもうひとりの自分が小声で囁けば完了する。
 
しかし、何度改変しようとしてもうまくいかないものもある。
「タピオカの量、減らしてください」
減ってもタピオカの味は変わらない。ゴムの味のまま。
 
人間は、甘い記憶より苦い記憶を思い出しがちだ。
頼まなければでてこないものを自分からわざわざ頼んで過去に受けた試練をさらに受けようと努力してしまう。
不味いものは不味い。
それがわかっていても、様々な理由で人は不味いタピオカを欲する。
自分への戒めとして、不味い中にある僅かな甘さを求めて、不味さをどうにかして自分のものにしようとして。
 
私の場合、不味いタピオカを頼む理由は、「ただ不味さを感じたいから」だった。
ゴムの味には慣れ、それを好きになることも克服することもできず、いつも「まずい……」と嫌な気持ちになりながらなんとか飲み終える。
不味さを感じて成長することもないのに、現在の自分が苦しむことで一粒一粒に閉じ込められた当時の自分の苦い感情を解放させられるのではないかと躍起になっていた。
いつか甘いタピオカになるんじゃないかと希望を抱いていた。
 
だが、ゴムが甘くなることはなかった。
心のどこかではわかっていたのかもしれない。いくら思い出しても考え直しても、改変できる領域を越えていたらどうにもならない。過去の自分が救われることもなかったし現在の自分が成長できそうなタイミングもとっくに逃してしまっていた。
 
新商品は一度飲んでみなければ味がわからない。
2月の半ばになって、新商品を頼んでみた。
 
それまで飲んでいたゴムとはまるで違う、私たちがよく知るタピオカだった。
甘くてもちもちとしていて美味しい。味は、少し濃いかな。
 
いや、今は少し濃いくらいがちょうどいいのかも。
ずっと苦くて辛い記憶ばかり思い出していたのだから。
 
商品の名前は「2020年1月」だった。
 
ひさしぶりに前向きになれそうな出来事がぽつぽつと続いた月で、美味しいタピオカになったであろうことは予想できていた。
予想通り美味しかった。そして、その美味しさは自分を前向きにさせてくれるものだった。
次に飲むものもこれくらいおいしいものがいい、そのために自分ができることはなにか……。ない頭を使って考える。今までのらりくらり、なんとなく生活していた。
努力が足りなかった自分を変えてみようかなと少し思うことができた。なにか新しい知識を吸収しようとも思った。不味いタピオカばかりを味わい、嫌になりかけていたタピオカ屋に少し前向きな気持ちで行こうと思った。
 
「苦い記憶」を反芻するより「前向きに行動したこと」を思い出す。
前向きな行動がどんなに小さな成功だったとしても、それを思い出すことが今後の自分の行動にどれほどポジティブなエネルギーを与えてくれるか、はじめてきちんと意識することができた。
 
おいしい記憶ばかりで生きていくことは出来ない。
生活するなかで不味い記憶もうまれ、それを苦痛を伴いながら思い出すこともたくさんある。この行為は簡単には避けられない。
 
ひとつのカップのなかには「期間」というドリンクが入っていて、そこに瞬間の出来事や感情が詰まっているタピオカを入れることで完成する。一度入ってしまったものは取り出せないし、ひとつひとつのタピオカは同じに見えて別のものが詰まっている。
それぞれの人間にそれぞれのタピオカ屋があって、それぞれのドリンクが提供されている。
 
おいしいタピオカとまずいタピオカ。どちらが多いかも人による。
美味しいタピオカがたくさんあるお店もある。頑張らないと見つからないところもあるかもしれない。
 
美味しいタピオカは私たちを幸福にしてくれる。
前向きな気持ちにもしてくれるし、行動の指標にもなる。
たくさんの可能性を秘めている。
 
不味いタピオカばかり頼んでしまう人はたくさんいるだろう。
たまには、意識的に美味しいタピオカを飲んでみると、自分のなかでなにかが変わるかもしれない。
 
あなたの心のなかのタピオカ屋。
きっとなんとなく行っていた人がほとんどだろう。
意識してどんな商品が並んでいるか見てみてはいかがだろうか。
 
 
 
 
*** この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。 「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
 

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2020-03-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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