すっ裸になった私は何にでもなれる私だった
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:印田 彩希子(ライティング・ゼミ平日コース)
「うぉぉぉ、出来ないぃぃぃ」
35歳の大人が崩れ落ちる瞬間を見た。
いや、見てない。崩れ落ちたのは私だ。
(こんなの単純なゲームのはず……なのに何故だ?)
ガラガラとプライドが音を立てて崩れていく。
こんなはずじゃなかった。
そう、こんなハズじゃなかったのだ。
2019年の夏、私は演劇ワークショップに参加していた。
ちょっと面白そうだし、なんか演技するとかカッコ良さげだな。
そんな程度の理由、ちょっとした気まぐれみたいなものだった。
自己紹介から始まり、簡単なゲームをすることになった。
ルールはいたって単純。二人組で「1・2・3」を交互にカウントしていく。
それだけ。
(こんなの誰でもできるわ。なめんな)
「1・2・3・1・2・3・1・2・3……」
当然のごとく楽勝でカウントを進めていく。
ペアを組んでいる相手も余裕の表情だ。
「みなさん上手いですねー。じゃあ、1個ルールを追加しましょうか。『2』の時は手拍子をしましょう。『2』は口で言わなくていいですよ」
新たなルールが加わった。
(むむ、意外と難しい)
カウントだけの時よりも格段にぎこちなくなる。
相手の顔は……見ている余裕はない。きっと向こうもそうだろう。
「じゃあ、もう1個ルール追加しますよー。今度は『3』の時は足踏みしましょう」
講師の方は、ドンッと軽く足を踏み鳴らした。
なめんなとか思ってゴメンナサイ。
「1・パン・ドンッ・1・パン・ドンッ……」
この繰り返しだってことを頭じゃ分かってても、体はちっとも反応できない。
焦れば焦るほどドツボにハマる。
「ふぅ」と息を吐きながら、周りを見ればどのペアも苦戦していた。
周りの人々の敗北を目にして、ニヤリと口元が緩む。
(まだ大丈夫)
負けたのが自分だけじゃないと分かって、ギリギリのところでプライドを保てたわけだ。
しかし、私はまだ気づいていなかった……本当の敗北はこれから始まることに。
そして冒頭のセリフだ。
「うぉぉぉ、出来ないぃぃぃ」
プライドもろとも体ごと崩れ落ちる。
カウントゲームを終え、次のゲームに移っていた。
全員、輪になって行うゲーム。
つまり、敗者は一人。
ルールはシンプルだ。
「おっきい提灯、ハイッ」「ちっちゃい提灯、ハイッ」
交互に言いながら、違う人を指していく。これをテンポよくやっていくだけ。
ただし。
「おっきい提灯」の時は手で小さい提灯のジェスチャーを。「ちっちゃい提灯」の時は手で大きい提灯のジェスチャーをする。
(口では大きい提灯と言いつつも、渡すのは小さい提灯……)
(もらったのは……「ちっちゃい提灯」……次「おっきい提灯」……手は小さ……)
(うぉぉぉぉ!!!)
脳みそがスパークした。
口も手も「おっきい提灯」を渡していた。
敗北だ。
今度こそ完全なる敗北だった。
全員参加のゲーム。敗者は一人。
もう周りを見ても、敗者仲間はもういない。
逃げ場なし。丸裸だ。
みんな笑っている。
笑っている?
(そうか。みんな笑ってて、誰も不幸になってないじゃないか。いや、むしろみんな面白がっている)
(フフ、別に負けたからって死ぬわけじゃない、ならばこれは敗北ではない!!)
プライドの洋服を脱がされ、素っ裸になりながらなんとか小指一本崖っぷちに引っ掛けるように、そんなことを思った。
それにしても。
(演劇ワークショップだろう、ここは。こちとら演技しに来たんじゃい!なんでスッポンポンにならにゃいかんのじゃ!)
役を纏うはずが、今や私は素っ裸。なんの鎧も纏わぬ丸腰状態。
これじゃ目的と真逆じゃないか!
そう思った矢先、ようやく演技っぽいゲームが始まった。
「じゃあ今からお題を言います。みなさんは言われたお題を二人組で相談せずに作ってください」
「最初は、スプーンとフォーク」
すんなりとできる。
徐々にグループの人数を増やし、お題も高度になっていく。
「コーンの缶詰」
何やら大人たちが不思議な形をとっていく。
気づけば私も、今までやったことのないような変なポーズをしていた。
しかし……不思議と悪い気はしない。
普段だったらこんなポーズ、絶対恥ずかしいのに。
いや、そもそも思いつかないか。
「花の種」
ぎゅうぎゅうに集まる。
「じゃあ、ちょっと動いてみましょう。種から芽が出て、花が咲いていきます。満開に咲いて、枯れていきます」
講師のリードに合わせて動いていく。
なんの打ち合わせもしていないのに、言葉なんて交わしていないのに、自然と体が動く。
不思議な心地だった。
こんなの、普段だったら思いつかないはずなのに。
感動的ですらあった。
芽が出て花が枯れるまでの、時間にしたら数分の出来事だ。
なのに、人の一生を体験したような、そんな気分だ。
その後も、簡単なエチュードをやったりしたのだが、不思議と心も体も自由に、時には思っても見ない方向へ動いていく。
なんか。こんな感覚久しぶりかも。
小さい時におままごとをしたときのような、遊びに夢中になっていたときのような、そんな感覚だ。
(私って……こんなに何でもなれたんだ……)
ずっと忘れていた。
自由で、
余計なものがない、
まっさらな自分を。
ふとイソップ童話の「北風と太陽」を思い出した。
北風と太陽が力比べをしようとする。
「旅人の上着をどっちが上手に脱がせられるか」
北風が力一杯吹いても、寒さを嫌がる旅人は上着をしっかり押さえてしまい、脱がせられない。
次に太陽が燦々と照りつけた。旅人は暑さに耐えきれず、こんどは自分から上着を脱いでしまった。
旅人は私だ。
北風は私の声だ。
「自由になれ!」
「挑戦を恐るな!」
「勝て!」
自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、プライドの洋服をビッチリと着込んでいった。
どんどん不自由になっていった。
どこにも行けなくなっていた。
どこにいても、何をしてても、洋服を脱げなくなっていた。
そのうち、プライドを着込んでいたことすら忘れてた。
演劇ワークショップは太陽だった。
思わず洋服を脱いじゃう状況に追い込まれて、私はようやく裸になれた。
服を着ていたことを、思い出した。
服を脱いだ旅人は、
何でもなれる、何でもできる、子どものような私だった。
もしもまた、日常に息苦しさを感じたら。
洋服を着込んでいることを忘れてしまったら。
またワークショップに行ってみようかな。
(とはいえ、素っ裸は恥ずかしいから、上着を脱ぐくらいがいいかな)
どうやら、また気づかぬうちに洋服を着込んでしまっているようだ。
大丈夫!
負けても恥ずかしくても、死にゃあせん(笑)
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