アトピーは治さなくていい
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:荒木裕美子(ライティング・ゼミ特講)
「アトピーは治りませんよ」
3軒目に行った漢方薬局で、薬剤師さんにこう言われ、一瞬凍り付いた。
でも、後から思い返せば、この言葉にずいぶん救われたのだ。
娘が手首やひざの裏などをかきむしるようになったのは、1歳半くらいのことだ。かいた痕が赤く盛り上がっている。その少し前から私もひどい手湿疹に悩まされていて、近くの皮膚科を受診してとても良くなったので、娘も診てもらうことにした。
待合室はいつも一杯で、幼児もたくさん来ていたが、絶えず子どもの泣き叫ぶ声と先生の怒声が響き渡っていた。とにかく、先生がコワイ。娘も「泣くんじゃないっ。泣くなって言っただろ!」と怒られ、それに怖気づいて次の受診まで間が空いてしまうと、今度は私の方が「お母さん、この子一生治らなくてもいいの?」と睨まれる。女の子なのだ。一生治らないのは困る。その言葉が一番恐ろしくて、真面目に通った。
けれども、経過はあまりよくなかった。ステロイド剤は塗り続けないように、と言われるのだが、かゆみがおさまる暇などなく、常に塗らなければならない。成長するにつれて力が強くなるからか、掻き傷はますますひどくなる。夜も寝付けないのでかゆみ止めの飲み薬が出されるが、飲んでもほぼ効果はなく、日中は眠気が残っていつもぼんやりしているように見えた。
このままじゃ、いけない。
そうは思うものの、「一生治らなくてもいいの?」という言葉が頭をよぎり、通院をやめることもできずにいた。
最初は「慢性じんましん」と診断され、1年ほどして「じんましんは治りました。乾燥肌のケアをしていきましょう」と言われたが、症状も出される薬もほぼ変わらない。そのうち、同じ皮膚科に通うママ友の話から、アトピー性皮膚炎のことを乾燥肌だと言われているだけなのではないかと思った。
アトピーなら、身体の根本から変えていかなくては。
それからは、私は鬼の形相で食べ物に気を配り始めた。肉、卵、乳製品、油脂はNGというので、食事は地味な和食に。おやつも手作りした。既にジャンクフードも市販のお菓子も日常だった娘は、いきなりあれもこれも食べちゃダメ、と言われ戸惑っただろう。「これ食べていい?」と上目遣いで私にいちいち尋ねるようになり、心が痛んだ。こんな風に大人の顔色をうかがうような子じゃなかったのに。
漢方薬局にも行った。最初に行ったのは家の近くで、女性の薬剤師さんは娘を見るなり「あなたの血は油やお砂糖でベトベトに汚れてるの!」と言い放ち、またもや親子で硬直した。私だって必死で食事に気を使っているのに。次に行った薬局でも食事の指導はほぼ同じで、超高額で苦い漢方薬が処方された。「つい最近も同じ年頃のお子さんが、この薬でとても良くなりましたよ。頑張って治してあげましょう」と言われ、嫌がる娘に無理やり飲ませた。毎日が阿鼻叫喚の修羅場だった。
そこの薬剤師さんは穏やかな優しい方で、しかも透き通るような美肌の持ち主だったので、おっしゃる内容はかなり説得力があった。でも、もうダメだ。こんなことをしていては、親子ともに潰れてしまう。
そんなわけで、冒頭の薬局に駆け込んだのだ。
言われたのは「アトピーは体質だから、性格や個性と同じように簡単に変わるものではない。症状が出ないように付き合っていけばいい」ということだった。
「娘のために治してあげなきゃ」という思いにがんじがらめになっていた私の心が、ふっと緩んだ。治さなくてもいいのだ。
そこは姉妹で営む薬局で、お姉さんが薬剤師で食事や生活習慣のアドバイスを、妹さんが化粧品担当でスキンケアの指導をしてくれた。「まだ小さいから飲みにくいよね」と、漢方薬は出されなかった。スキンケア用品も充実していて、それまで使ってきたものより大容量で、価格もかなり良心的だったので続けやすかった。こまめに買いに出かけるのもなかなか大変なのだ。
そして何より嬉しかったのは、二人とも毎回必ず笑顔で「お母さんも頑張っているね」と私に対する承認も忘れないことだった。
「私のやっていることは間違っていない」と初めて思えた。専業主婦生活が長く外で認められる機会が皆無だった私にとっては、本当に救いだった。
食事についても、考え方を変えてみた。これまではアトピーにはよくない食べ物を必死で取り除いていたが、これでは家族全員にストレスがかかるし、人付き合いもままならなくなる。
よくよく娘を観察していると、確かに油脂の多い食べ物をとると症状が出た。ハンバーガーやコンビニの唐揚げなどはてきめんだ。でも、なぜか法事の席で出される仕出し屋さんの揚げ物は知らん顔をして食べている。油が良くて新しいからだろう。全面禁止にしなくても、家でいい油で揚げ物をするのはよしとした。他にも、賞味期限の長いコンビニスイーツはNGだがケーキ屋さんのケーキはOKとか、ドーナツはNGでアイスクリームはOKなど、一定の法則がわかってきた。何かと高くつくなあ、と思ったが、症状の出る出ないに関わらず、良いものを食べた方がいいに決まっている。私たちの身体は私たちが食べたものでできているのだ。
アトピーには身体を冷やす食べ物は厳禁で、お刺身も控えるよう言われたが、同じ外食をするならファミレスでお子様ランチを食べるよりは回転寿司でお腹いっぱいお寿司を食べた方が、症状としては軽い。別に毎日ではないならいいではないか、と私自身にも余裕が出てきた。
娘のアトピーはその後劇的によくなり、小学校に上がってからは皮膚科通いもやめた。スキンケア用品はずっとその薬局で購入しており、季節の変わり目などで調子を崩すと的確なアドバイスをくれる。固いゾウの皮膚のようだった手足も普通になり、掻き傷の痕もほとんど残らなかった。
それでも、肌が弱いことには変わりはない。思春期に入り、これからはニキビで悩むこともあるだろうし、メイクをするようになれば合うものを探すことに苦労するかもしれない。でも、大丈夫。神経質になり過ぎなくても、その時その時で付き合い方を見つけていけばいい。娘のはじけるような笑顔を見ていると、私の心も強くなるように感じる。
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