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不気味なカバーの「大人の絵本」とは?


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記事:大杉祐輔(リーディング倶楽部)
 
 
あなたの読書体験の入り口になった本は何か、と聞かれたら、私は間違いなく「カンガルー日和」だと答える。村上春樹の初期短編集。この一冊から、私の読書人生は始まった。
思えば幼いころから、たくさんの本に囲まれて育った。家族の中でも母が読書家で、本棚にはアンティーク人形の本や料理本、スピリチュアル関係の本などが所狭しと並んでいた。私は幼いながらもそれらの本の背表紙を眺め、ふと気づいた本は手に取ってパラパラと眺めたりしていた。なじみにくいものもあったが、母の見ている世界を少しのぞき見できた感じがして、心地よい感覚が私の胸に残った。
 
そんな中でも、ひと際異物感がある本があった。それがこの「カンガルー日和」である。今思えば、その横には真っ赤な本と真みどりの本もあった。そう、「ノルウェイの森」である。私の母は実用系の本やスピリチュアル系の本を好んで読んでいたが、小説はほとんどなかった。その中に、この独特の装丁の本が明らかに際立っていた。子供ながらに手に出しづらい何かがあって、何年も触れないままでいた。
 
しかし、そんな私にもこの本を手に取る瞬間がやってきた。小学4年生になった私は、友達に勧められた星新一のショートショートを読み、急速に読書の楽しみに目覚めていった。特に好きだったのが「悪魔のいる天国」で、短いながらも痛烈な毒のある内容に、怖いながらも読む手が止まらなかった。短い物語を読むことに飢え、次々に図書館の星新一を読破していった。とにかく体が活字を欲して、暇さえあれば読んでいたように思う。
 
そんな中で家族にほかのおすすめを聞いたところ、母がにやりと笑って差し出したのがこの本だった。白いカバーに、ほぼ正方形の独特な形状。カバーを外すと、黄色い表紙に白い透過性のある薄カバーがかけられており、すでに異彩を放っている。この本こそが「カンガルー日和」。私の読書人生を決定づけた一冊だ。
 
なぜこの本がはじめに手が取りづらかったのか? それがこの独特の表紙と装丁だ。表紙には、公園のベンチに座る顔のない男の絵。真っ白なカバー。中を見ると、ところどころに差し挟まれている絵本のような、しかしなにかわからない独特な挿絵の数々。あたたかみがあるのに、どこかノスタルジックで、なぜか懐かしい。そう、これは大人のための絵本なのだ。なにがなんだかわからないが、子供心に読むのを躊躇させる不気味さが、装丁からすでに感じられたのだ。
 
しかし、恐る恐る読んでみると、これがなんだかものすごい。何も起きない話なのに、なぜか面白いのだ。男が昼下がりにスパゲッティを茹でるだけの話。お姉さんとペンギンの交流。売れなくなった「とんがり焼き」というお菓子とその栄枯盛衰。どの話も、何も特別なことが起きないのに、なぜか面白い。星新一はストーリーの妙で楽しませるような技巧的な楽しさがあったが、それとはまったく違う「雰囲気」で読ませてしまう実力。子供ながらにそのすさまじさに恐れおののいた。なぜこんなに面白いのか? 朝読書の時間、本をめくる手が止まらなかった。授業の合間の10分休みまで読んでいた。
 
もうひとつの特徴は、無駄のないリズミカルな文体だ。この作品は、氏のデビュー作である「風の歌を聴け」から2年後ぐらいに書かれた作品をまとめたもので、まだまだ小説家としては駆け出しのころの作品群だ。しかしこの完成度はどういうことなのか? リズミカルな文体、独特なノスタルジー、新しいのに懐かしい。駆け出しの小説家に、どうしてこんな芸当が可能なのか? 何も起こらないのに、雰囲気だけで読ませてしまう歯切れの良さ。全く無駄のない、いいジャズを聴いた後のような感覚。この作品には、若い作者のみずみずしい感性が詰まっている。なのに恐ろしく完成度が高い。読むドラッグとはこのことである。読む手が止まらなくなる。
 
最後の魅力は、やはり佐々木マキの挿絵のマッチ度合いだろう。村上春樹には安西水丸など様々なイラストレーターが挿絵を担当してきたが、自分の中ではやはり佐々木マキの絵が一番村上春樹の世界観になじむ気がする(異論は認める)。思えば、私の子供のころの本棚には、「ぶたのたね」という絵本があった。種をまくとそこに木の実のように次々とぶたが成り、それをおおかみが食べようとする話だったと思うが、この絵本の作者がやはり佐々木マキだった。今思えばあれも母の趣味だったと思うのだが、姉と一緒に喜んで読んでいたような気がする。遺伝子レベルで佐々木マキを刷り込まれているので、佐々木マキを身体が欲しているのかもしれない。やっぱり村上春樹と佐々木マキは、私の中でベストマリアージュなのである。
 
以上、暑苦しく語ってしまったが、最後に言いたい。「カンガルー日和」を読むなら、ぜひ平凡社から出ているハードカバー版を手に取ってほしい。私は紀伊国屋書店新宿店の小説コーナーでこれを見つけて、本当に感動した。涙が出た。わかっていらっしゃる、わかっていらっしゃるよ紀伊国屋新宿店の小説担当さん…!! ハードカバーじゃないとあの味はでないんだよ! 新書版じゃダメなんだ、新書版じゃ。ぜひ紀伊国屋書店の村上春樹コーナーで探してみてほしい。やたら正方形の白いケースが目印だ。
 
私の読書人生の入り口で、読む快楽に目覚めさせてくれた一冊。どこかで出会ったときには、そのカバーをすっと抜いて、まずその装丁を味わってほしい。読書の楽しみを、全身で感じられることを約束する。
 
大杉祐輔
1994年生まれ、岩手県出身。2016年に東京農業大学 国際農業開発学科を卒業後、栃木県の農業研修施設で有機農業・平飼い養鶏を学ぶ。2018年4月から、学生時代に10回以上訪問してほれ込んだ、鹿児島県 南大隅町に移住。「地域に学びとワクワクの種をまく」をモットーに、自然養鶏・塾講師・ライターを複業中。
 
〈この一冊!〉
カンガルー日和
著者:村上春樹 絵・佐々木マキ
出版社:平凡社
 
 
 
 
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2020-04-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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