「遠距離恋愛は、熟年離婚を救えるか」
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:山下 梓(ライティング・ゼミ通信限定コース)
熟年離婚という言葉を耳にするようになって、早数年。まさか、その言葉を身近に感じることになろうとは思ってもみなかった。
熟年離婚の理由で多いのが、定年後、長い時間を夫婦で過ごすことにストレスを感じるというものらしい。団塊世代特有の「男は仕事、女は家庭」という、価値観がお互いのすれ違いをより強い物にしているようだ。
ご多分に洩れず、私の両親もこのセオリーにぴったり該当するのだが、想像の斜め上をいく展開を見せつけられることとなった。
5年前、定年した父が、突然、家を売るという暴挙に出た。
離婚したばかりの私が、実家に出戻り数ヶ月目のことだった。
私と母は、お隣の奥さんから「お宅の家、引っ越すの?」と、自宅が掲載された不動産売却のチラシを見せられ呆然と立ち尽くした。
お隣さんが教えてくれた情報から、不動産会社を検索すると、自宅を360度からグルリと移した動画が、何十人という人に閲覧されていて不気味な思いと怒りがこみ上げた。
それなのに、母は、なぜだか呑気に半笑いで「仕方ない」と言って父に何も言わなかった。
母は、私が物心ついた時から、「偉そうなくせに、たいしたことない」などと、父の悪口をよく言っていた。子どもながらに、どうして結婚したのだろうという思いで一杯だった。そのくせ、父には直接言えないのだ。
私は、泣きながら家の売却に大反対したが、もはや独裁状態の父はそのまま強行してしまった。2ヶ月後、父は単身京都へ。私と母は東京の賃貸マンションで新しい生活を始めた。
父の行動は、突拍子のないものであったが、私には思い当たるふしがなくはなかった。
数年前に父は、脳梗塞で倒れてから、思うように動かない身体に苛つくような言動や行動が増えていた。いわゆる、「キレる老人」状態であった。
元々、命令口調の父に、私も母も真っ向からぶつかりあうことが多くなり、自然と女性軍VS父の構図が出来上がる。
ある日、排便のコントロールが出来ず、散歩中に粗相をして帰ってきた父を、母はもの凄い勢いで叱った。父も負けずに反論していたが、何十年と会社勤めをし、役員としても晩年を過ごした、プライドの塊のような人物が、そのような事で怒鳴られるのは、堪えられない事だったろう。
それから父は、引きこもりがちになっていった。しかし、母の罵声や素っ気ない態度は変わらない。定年して以来、プライドの高い父は、地域の人とも上手く馴染めていないようであった。人知れず、募っていった孤独感が、家族を支配するような行動へと駆り立ててしまったのかもしれない。
父の価値観を押しつけられてきた母と、誰からも理解されず孤独になっていった父のすれ違いが家族崩壊を招いたようだった。
父が京都へ引っ越して数ヶ月、私は相変わらず、父と母の行動が理解できずにいた。
母は60歳を過ぎて、清掃のパートをフルタイムではじめた。ワーキングプアの私は、父と暮らせば専業主婦で居られるものを、断ってまで無理して働く母が全く理解できないでいた。
母に何度問いただしても「しょうがないじゃない」と言い、身体は疲れているようだが、私と二人だけの生活を満喫しているようにも感じた。
結婚後、専業主婦になった母は、私達の世話をする事に必死で、ハッキリとした「自分」というものをずっと燻らせていたのかもしれない。
そこでやっと、母が父の行動を止めなかった理由が分かったのだ。母は父から何も言われず、家族の「母」と言う役割から自立したかったのだという事に。
なにせ大変だと口で言いながらも、どこか嬉しそうで、楽しそうなのである。
私はまんまと、両親にはめられた気がした。真面目にヤキモキした時間を返して欲しい。
とは言え、この歪んだレールの上を列車は走りはじめてしまった。
遠く離れた場所で、一人暮らしをする父は、母にしょっちゅう手紙を送ってくるようになった。いまだに、母が自分の元へ来てくれると信じているようで、ピンとのずれた風景写真や、その土地の良さを綴っているらしい。
暴走を続ける父は、またも勝手に、海の見える陶芸が有名な街に引っ越した。もちろん、一人で。陶芸を勉強し始めたようで、マグカップなどの陶器を母に送ってくるらしかった。
私はまるで、遠距離恋愛をするカップルのようだと思い、苦笑いした。一緒に生活していた時には、いがみあうことしかなかった二人が、ギリギリのバランスで夫婦を続けている。
たまに父が東京へ出てくると、二人でお寿司を食べに行ったりしているらしい。なんだか、気が抜けてガックリしてしまった。あれだけぶつかりあって、家族を振り回したのに。夫婦とは、全くもってミステリアスだ。
熟年離婚の危機は、遠距離恋愛をすることで回避できるのかもしれない。
ちょうどよい距離を保つことで、上手く行く関係を、結婚生活40年目にして見つけてしまったようである。振り回される娘の気持ちも考えてくれよと思うが、40年の「家族ごっこ」を全うした二人には頭が上がらない。
これからは、父として、母としてではない、納得のできる一個人としての、着地点を見つけて欲しい。船上クルーズの世界一周旅行でラストを飾らない所が、自分の両親らしいなと思っている。
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