メディアグランプリ

何者かになったつもりで、自分自身から逃げてはいけない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:中川誠斗(ライティング・ゼミ通信限定コース)

 
 

ずっと、何者かになりたかった。

 

「おまえは何かやりたいことはないのか」「これだけは誰にも負けたくないという、強い気持ちはないのか」。子供のころ、父によく言われていた。
父が子供だったころ、飛行機が好きだったそうだ。好きで好きでたまらず、やがて飛行機の整備士として働くようになった。父は頑固で負けず嫌いだ。やりたいことなんてみんなあるだろう、くらいに思っていたのかもしれない。
 

わたしにもやりたいことはあった。でも、誰にも負けたくないとまで強く感じるまでには至らなかった。ほとんどの人がそうなのかもしれない。やがて周りの人たちに聞くようになった。何かやりたいことはあるのかって。
特にないという返事をもらったときは安心した。でも、やりたいことを情熱をもって話す人に遭遇すると、その話に自分を重ねて想像するようになっていった。
 

そうしていくうちに、いつしか考えがズレてしまった。自分のやりたいことは何なのか、ではなく、「何者かになりたい」という願望にすり替わってしまったのだ。それは見栄をはることと同じであることに気がつけなかった。
失敗はたくさんある。なかでも、特に大学生から社会人になる頃がひどかった。
 

最初は大学生での就職活動のときだ。全然うまくいかなかった。まさに「何者かになろう」として失敗したのだった。
 
はじめからうまくいかない予感はあった。なぜなら、興味のもてる仕事もなかったし、働く姿も想像できなかったからだ。不安だったため、就職活動は誰よりも早くスタートした。
早くから動いている学生は、総じて優秀だ。意識の高い学生が集まっていて、自分のその人たちと一緒にいた。集まる場には、英語がペラペラだったり、頭がキレキレだったりする人たちであふれている。それだけではない。やりたいことがあったり、これだけは誰にも負けたくないという強い気持ちのある学生もいた。
一緒にいるだけで、自分もどこか優れた気分になった。まさに「何者かになれた」気がしていたのだ。
そんな就職活動だったから、結果は散々だった。誰よりも早くはじめ、誰よりも遅く終わることになった。
そのときに気がついていればよかったのだが、そうもいかなかった。やっとの思いで内定を得て安心してしまい、そのまま社会に出てしまった。
そして入社して5年になる頃に、またしても「何者かになろう」として失敗し、退職することになる。
 

就職先は、とある建築業界の会社だった。つらいこともたくさんあったが、それでも辞めなかった。せっかく入った会社だ。レールから外れるのも怖かった。生活を支える誇りの高い仕事をしているんだと、自負もしていた。
しかしながら、誇りを持つことによって生まれるはずのやる気は、いつまで経っても湧き出てこない。むしろ、ずっと我慢して仕事を続ける自分がいた。おかしい、誇っているはずなのにやる気が出ない。情熱も感じない。でも退職してレールから外れるのは怖い……。
そうやって行ったり来たりしているうちにストレスがたまった。精神的に耐えきれず、辞めざるを得なくなった。年が明けてすぐの出来事だった。
 

退職して数日たったある日の夜、布団の中で反省していた。
 
レールから外れるのが怖い。そこには単純に怖いという感情のほかに、つらくても逃げない自分でいたいという気持ちがあった。仕事を誇りに思うのは半分正しいが、もう半分は間違っていた。そう思い込むことで、逃げない自分をつくっていた。
 
「何者かになろう」として必死だったわたしは、ずっと他人になろうとしていた。
布団の中でそう気がついたとき、ハッとして思わず口が開いてしまい、閉じていた目も見開いてしまった。そして、ふふっと笑ってしまった。
今まで感じていた違和感の正体が、急に明らかになった。落ち込むことはなく、どちらかといえば不思議な嬉しさがあった。
 

翌日になると、今度は他人になろうとせず、自分を知ろうという気になっていた。
そうして少しずつ、自分と向き合い始めた。
 

まず、やりたいことを書き出してみた。本にそう書いてあったのだ。
すると驚いた。「やりたいことなんてない」と思っていたけれど、それはウソだった。書き始めはペンが止まりがちだったのが、徐々にスラスラ出てきてしまった。ジムに行って身体を鍛えたい、写真を撮りたい、絵を描きたい、本を読みたい……メモ帳はすぐに真っ黒になった。書き終えたとき、とても新鮮で、でも久しぶりにワクワクした気分になれた。
この文章はライティング講座の課題として書いている。やりたいことの中に、文章を習いたい、という気持ちもあったからだ。
 

いま、わたしは無職でいる。おかげで時間だけはたくさんある。もちろんいつかは仕事をしないと食べていけない一般人だけれど、まずは自分を取り戻すところから始めようと思った。
 
そして大事なことにも気がついた。
何者かになろうとせず、自分自身でいること。これは、人生全般にいえるはずだ。
 

つまるところ、自分が、いつでも自分らしくあればいいのではないだろうか。何者かになろうとせず、自分がどんな人間なのかを知り、自分をいかして生きていく。わたしの失敗は、そんな人生の教訓も一緒に教えてくれた。
 
さいごに、父に伝えたい。
無職になったけど、今度の仕事はきっと心血を注げるものになると思う。
自信をもって話せる状態になったら、2人でお酒を飲みましょう。
 
 
 
 

***
 
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2020-04-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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