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まずは宿題にとりかかろう


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:佐々木 慶(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「俺の楽しみを邪魔しないでくれ!」
 
私はひどく怒っていた。
怒りの矛先は、当時付き合っていた彼女。
 
3年前のその日、私はある一人旅を計画していた。
目的地は、静岡県東部にあるまち、沼津市。
前に職場の後輩から、こんな話を聞いていた。
「沼津市には深海魚水族館という水族館があるんですよ」
なんでも、日本では珍しい深海魚に特化した水族館らしい。
加えて、博物館の隣には、深海魚を食べることができる飲食店も何軒かあるとのこと。
 
面白そうだし、行ってみようかな。
珍し物好き、旅好きの私にとって、その話はまさに渡りに船だった。
それに、私は遠くに行きたい理由があった。
当時、職場の上司や同輩達と上手くいかず、とてもストレスがたまっていた。
 
この機会に遠くに行って、おいしいものを食べて、気分転換を図りたい。
 
一人旅で日頃の鬱屈とした状況から抜け出そうと思ったのだ。
ただ、連絡せずに一人旅に行くのもどうかと思い、彼女に話したのだ。
ちょっと一人旅に行ってくる、と。
 
いいねー。行ってらっしゃいー。
そんな言葉が返ってくることを期待していたのだ。
いや、むしろそんなこと意識しないくらい軽く考えていた。
 
それが、まさかあんな言葉をぶつけられるなんて……。
 
「行く必要があるの?」
一瞬、耳を疑った。
え、なんで、そんなこと言うの?
心が波立って行くのが分かった。
もともと出かけるのが好きな方だった。
知らなかった場所に行って、知らなかった人たちと話していく。
それが最高に楽しかった。
 
出かけるのが好きなのも、職場関係で気が滅入っているのも知っているはずなのに……。
 
自分を全否定されているような気分だった。
悲しさと同時に怒りがこみ上げてきた。
 
出かけちゃだめってこと?
気分転換もできず、精神的に病んだまま仕事をしろってこと?
精神的に死んでもいいってこと?
俺の楽しみを邪魔しないでくれ!
 
矢継ぎ早にそんな言葉を投げつけて電話を切った。
 
結局、次の日は予定通り沼津市に行くことにした。
車で4時間かけて、やっと到着。
休日であることもあり、水族館はとても賑わっていた。
中には、今まで見たこともない珍しい形をした深海魚がたくさん泳いでいた。
深海魚を見物した後は、お目当ての深海魚丼を堪能。
楽しい旅ではあった。
 
しかし、どうしても心の奥は晴れなかった。
彼女が出かけることをあんなにも反対した理由。そのことが心にひっかかった。
 
一人旅をした数日後、彼女と会って真意を聞いてみることにした。
すると、こんな言葉が返ってきた。
「別に出かけることを否定しているわけじゃないよ」
「ただ、そもそもお金がないっていつも言っているのに、今行く必要があったの?」
 
たしかに、私は万年金欠状態だった。
当時、社会人7年目。毎月給料ももらっていたし、ボーナスも出ていた。
でも、お金がなかった。なぜか。
毎週のように、遠くに出かけていたのだ。
片道100キロのドライブはざらだった。
ゴールデンウィークやお盆休みには、必ず北陸や関西などの遠方への旅行に行っていた。
遠くに行くだけでは物足りないから、その土地の食べ物やお土産をたくさん買い込んだ。
そのおかげか、仕事の疲れは解消できた。
しかし、その分お金は目に見えるくらいどんどん減っていった。
日々の生活費が足らなくなり、貯金を切り崩すようになっていた。
やりくりが上手くいかないときは、カードローンに頼ることもあった。
でも、後ろめたい気持ちには全然ならなかった。
 
自分のお金を自分のために使って何が悪い。
浪費ではない。投資だ。
そんなことを思っていたからだ。
 
私の気持ちを知ってか知らずか、彼女はこんなことを言ってきた。
「もしかして、お金を使うのが義務みたいになってるんじゃない?」
「まずは足下を固めてからでも、遅くないと思うよ」
 
たしかに、言われてみれば思い当たる節はあった。
社会人になってしばらくの間はお金を使うことに抵抗がなかった。
しかし、時が経つほどに、一抹の不安が出始めていた。
こんなにお金を出費して将来大丈夫なのか?
日々の楽しさばかり見て、自分の不安を見て見ぬふりをしていたのだ。
まるで、夏休みの宿題を先延ばしにしている子どものようだった。
 
そのことに気付いてから、しばらく出かけるのを止めてみた。
家計簿アプリを使って、自分のお金の動きを管理するようになった。
学生の時以来、ほとんどやっていなかった自炊も再開した。
 
はじめの2ヶ月は効果が見えないし、出かけられないしという二重苦が続いた。
しかし、3ヶ月、4ヶ月と経つうちに、だんだん収支が改善されてくるのが分かった。
収支が安定するようになってからは、また遠くへ旅をするようになった。
なんだか、以前よりも楽しく感じるようになった。
 
きっと、収支の改善という宿題を済ませたからなのだと思う。
 
これからも、人生のいろいろな宿題が出てくるだろう。
しかし、逃げずに取り組めばきっと楽しさをつかめる。
 
あのときの喧嘩は決して無駄じゃなかった。
 
 
 
 
***
 
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2020-04-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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