名前を覚えるって肯定だ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:郡山秀太(ライティング・ゼミ日曜コース)
「名前が覚えられない」
僕の悩みである。
会った人の名前が出てこないのはしょっちゅう。
顔は覚えているのだが。
ある仕事の打ち合わせで、一度はお会いしたことがあるけど名前が出てこない。
でも話しかけなければ、打ち合わせは進まない。
僕はとうとう、その方のお名前を一度も発さずに打ち合わせを乗り切ったことがある。ミッションコンプリート。
「こいつ名前覚えてないな」と、いつ気づかれるのだろう。
不安を念頭に残しながらの打ち合わせは冷や汗ものだ。
いやいやそんなスリリングな打ち合わせはもうしたくない。
こんな無意味な緊張感で任務を遂行したくないとランボーも言っている。
人に名前を覚えてもらえない。
逆に僕がされたとすると、「ああ、その程度の付き合いなんだな」と思うそれを あれ?僕はそれを平気でやっていた。
こりゃいかん。あかん。
とても失礼なやつ。
自分がなかなか覚えられないのがわかっているから、久々に会った方に対して、少し恐怖を覚える。
もちろん名前もうる覚えで怖いのだが、それよりも相手が自分を覚えているだろうか、と考える。
「久しぶりです」と、うっかり言ってしまい「誰?」と反応されるのが怖い。
相手の記憶を疑うのは失礼だが、どうしても『記憶に自信のない自分』を基準としてしまうから困る。
こう思っていた。
きっと、ほどんどの人は頭が良く、一度話しただけでその人のことを覚えてしまのだろう。
するする頭に入るのだろう、と。
劣等感のカタマリが僕を襲う。
ある時、そんなネガティブな考えを軽減してくれるエピソードに出会った。
落語家・立川生志さん(以下生志さん)が落語の本題に入る前の小話、いわゆるマクラで話していたことが印象的だ。
生志さんの師匠は、あの故・立川談志師匠。
談志師匠の十八番は『芝浜』という大ネタだ。
働かない魚屋の夫を、奥さんが説得して、朝早く仕事に向かわせるところからはじまる人情話の傑作。場合によっては小一時間を超える大ネタだ。談志師匠、もちろん頭に染み込んだ噺を、一人で演じきる。
そんな大師匠も、出会う人出会う人すべてを、さらで覚えることはできなかったらしい。
名刺をもらった人の特徴をその名刺の裏に書き、忘れないようにしていた。
破天荒のイメージがある立川談志師匠でも出会いを大切にし、名前を覚えるために、ひと工夫していたのだそう。
生志さんのマクラは続く。
麻生太郎副総理。副総理も、名刺へもらったその人の特徴を書くらしい。
副総理と生志さん名刺交換したとき、『落語家』と名刺の名前の上へ豪快にメモ。
名前に上に書かれ、心の中で、それじゃ俺の名前が見えないだろ! とつぶやいた。それがマクラの落ちだった。
名刺にその人の特徴を書く。
そういえば、そんな話どこかで何回か聞いたことはある。
あの名落語家や、現副総理のような立派な人間も、名前を覚える努力をしているのだ。
ひとつのマナーのように。
誰しもが名前を覚えることは、たやすいことでないのだと少し安心した。
「名前が覚えられない」
それはただの言い訳だったのだ。
例えば、「痩せられない」
それはダイエットをしていないからだ。あなたの年齢には、1日の摂取カロリーをここまで抑えれば勝手に痩せていく数値がある。それ以上を食べてしまうから痩せられない。
例えば、「恋人ができない」
それは好きな人に自分を好いてもらう、あらゆる努力をしていないからだ。
名前が覚えられないのなら、覚える努力をすればいいのだ。
人は皆、天才ではない。大勢が一度では覚えられない。だから復習という言葉が生まれたに違いない。
ひとつの方法が名刺にメモする。いただいた名刺にメモするのは少し躊躇するが忘れてしまうほうが失礼。いただいた名刺にその方の特徴を書いて、『復習』するのだ。
または、その方と話したこと、シュチュエーション、容姿などを思い出し記憶に名前を上書きして『復習』する。
これが新のミンションコンプリート。
準備万端。復習のランボー。
仕事で工事現場へ入ることがある。ひとつの現場では500人近くが同時に働いていることはざらだった。
その中でも、工事現場の長である所長。ある日一度名刺交換させていただいた。
現場での作業が進み、数日がたったある日、所長に呼ばれた。
「おーい、郡山さーん(僕の名前)」
会社名ではなく、名前で呼んでくれたのだ。
数百人もの作業員がいる中、名前で呼んでくれた。
ものすごく嬉しかったのを覚えている。
自分なんて記憶の片隅にも残っていないだろうと思っていたから。
ああそうか。
名前を覚えるということは、相手を肯定する行為なのだ。
***
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