もし記憶がなくなったとしても
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:松尾 恵実(ライティング・ゼミ通信限定コース)
「あの時、差し入れしてもらったドリンクが忘れられないんですよね!」
「え? そんあことあった?」
私は思わず笑ってしまった。
職場の休憩室で、AさんとBさんの会話が耳に入ってきたのだ。
なんでも、Aさんがある店舗に手伝いで仕事に入った時に、その店舗で働いていたBさんにドリンクを差し入れしたもらったそうなのだが、Bさんはそのことを全く覚えていなかったそうだ。
「あの時のこと、めちゃくちゃ覚えているのに……。本当に覚えていないんですか?」
Aさんが、驚いて返す。
「いや、まったく覚えてないわ〜〜」
ドリンクの差し入れでもしないと、覚えてもらえないんだなぁ、世の中大変だなぁ。
ははは!
Bさんは笑って話した。
本当に覚えていないようだ。
そして、また私は笑ってしまった。
Bさんのその口調は、まったく悪びれたが雰囲気がなく、あまりに明るかったからだ。
二人とも、他の店舗で働いていたが、ここ一年ほどの間にこの店に配属された。
異動の基準というのは、正直よくわからないが、普通は数ヶ月から数年働いたら、他の店舗に異動する。普通なら。
さまざまな店舗で働くことで、さまざまな経験値が増える。経験値が増えれば、柔軟な対応ができる社員が育つ。会社としても都合がいいのだろう。
このAさんとBさんのすれ違いは、この店舗に異動してきたもの同士だからおきた出来事なのだろう。
私にはさっぱり実感ないけれど。
なぜかって、私はは今この店舗に7年近く勤務しているのだ。
小学生が入学して卒業する以上の年数だ。もうすぐ義務教育までも終わってしまいそうだ。
異動とかそういうの、正直よくわからない。
そういえば。
その会話を聞いていて、私はあることに気がついた。
片方が覚えてて、片方が忘れてしまったこの状況って。
認知症と似ているのかもしれない。
私は住宅街にあるドラッグストアの中にある調剤薬局で働いている。
病院で交付された処方箋をもとに薬をつくり、患者様に渡して、安全に使ってもらうことが仕事だ。
薬局を利用される患者様は年齢層は学生から高齢の方と幅広いが、一番多いのは高齢の方だろう。生活習慣病の患者さんも多くいる。
かれこれ7年近く働いているわけで、私の年齢も増えるのと同時に、当然患者さんの年齢も増えていく。
そして、以前はご自身で自分のお薬を受け取りに薬局へ来局されていた方が、病状の変化をきっかけに、ご家族と来られることがある。その原因の一つに、認知症の発症がある。
認知症の患者様やそのご家族の方と接するたびに、看病の大変さを会話から感じるととともに、私もいずれ体験するのだろうかとも考えさせられる。
私自身も認知症に罹るかもしれない。
それよりも早く、私の両親がなるのかもしれない。
高齢化社会なのだ。
いつ自分が同じような体験をするかなんてわからない。
AさんとBさんの会話のように、ドリンクの差し入れがあったかどうかを忘れるとはレベルが違う。
単なる物忘れとも違う。
家族として過ごした日々の記憶も、抜け落ちて本当になくなってしまう可能性があるのが認知症だ。
以前は、認知症に対するイメージは良くはなく、その話題に触れるのが、暗いイメージだった。
そんな中、認知症サポーターというものになった。
「認知症サポーター養成講座」という講義90分受ければなれるもので、講義では認知症の症状や、患者さんに対して地域でどんなサポートをしていくことができるのかを学べる。
その講義で印象的だったのは、認知症は、誰よりも、なった人が一番悲しく、苦しく、心配な思いをしているということだ。
周りが大変だというイメージしか持たないでいると、本人の悲しみを忘れてしまう。それこそ、本当に悲しいことだと思う。
接客業を行う会社は、社内研修の一環として行っているところも多いと聞くが、それ以外の業種の方も、是非機会があったら講義を受けてみるといいと思う。自治体で開催しているところもあるようだ。
理解することが、暗いイメージを払拭する一助になると思う。
ここからは私の想像の話だ。
自分の両親がや自分自身が認知症になったわけでも介護をしているわけでもないから、実際自分の身に起こったら違う感想を抱くかもしれない。
きれいごとかもしれない。
でも今、私が考えているのはこういうことだ。
たとえ認知症になっても、大切なことは残っている。
片方が覚えていて、もう片方が大切なことを忘れ去ったとしても、必ず何かが残るはずだと思っている。
7年近くこの店舗で働いていろいろなことがあった。
元気に働けたこともあればそうでなかったこともある。
なんとかやってこれたのは、いろんな人の支えがあったからだ。
それは、なにも知り合いだけのおかげではない。
元気がなかった仕事の帰り道、バスを降りる時にバスの運転手の方がかけてくれた「お疲れ様でした!」の言葉をはっきりと覚えている。
疲れはててしまった日に寄ったスーパーのレジにいた方が、お会計時に笑顔で「ありがとうございました」と言ってくれたことが忘れられない。
あの人たちは、きっといつもそう言った態度でお客さんに接しているのだろう。
わたしは客のひとりにすぎない。私を覚えているはずないだろう。でもわたしはその日のことをよく覚えている。
たくさんの人に支えられて、今私も仕事をしている。
自分がいつものように仕事をして、接した人たちも、一度しか会ったことがない人も、わたしの何気ない一言を覚えているかもしれない。
私が多くの人に元気をもらったように、私が何かを与えられたこともあったらいいなと思っている。
記憶に残ることがすべてではないはずだ。
だから、暗くならず、今日この一日も、できることをしたいと思っている。
***
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