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離婚に描いた2つの餅


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:脇 美由紀(ライティング・ゼミ集中コース)
 
 
「夫と離婚したいのですが……」
 
質素な身なりをした小柄な女性だった。少し白髪まじりの髪も、整った目鼻立ちが気品を漂わせていた。おっとりとした口調だったが、語気を強めながら、話を続けた。
「結婚して数十年、今まで家庭のことを全部やってきたのに、夫からは感謝もされず、命令されるばかり。子供も自立した。もう責任はない。だったら、1人になって生活をしたい。定年になった夫と毎日顔を合わせたくない。」
夫への不満がどんどん放出してくる。穏やかな顔が、キツイ表情になっていく。
いわゆるオラオラ夫との熟年離婚を考えているのである。
 
私は離婚カウンセラーではない。
離婚裁判を扱う弁護士でもない。
社会保険労務士である。
そして、彼女が私に離婚の話をするのは、「離婚分割」のためである。
 
離婚分割とは、年金の分割のことである。離婚した際には、婚姻中に支払った厚生年金を分けることができる。妻が専業主婦であれば、夫がもらうはずの厚生年金の一部をもらうことができる制度である。
 
彼女の夫は定年退職をし、年間300万円ほどの年金をもらっていた。
夫からは必要な生活費分しか渡されていないという。
彼女は専業主婦であり、働いたことがない。彼女が将来もらえる年金は、年間80万円ほどあるものの、もらえる年齢に達していなかった。つまり、彼女の自由になるお金はない。
 
専業主婦でも年金を分割すれば、夫の年金をもらえる。嫌な夫と別れて、ハッピーな老後を送ることができる。そんなイメージを語っていた。
 
「離婚したら、夫の年金の半分がもらえるんですよね?」
 
100人いれば100人が「夫の年金の半分がもらえる」と思うといっても過言ではない。年金制度の難しいところである。
確かに離婚分割は、夫の年金の半分がもらうことができる、とされている。
夫が300万円もらっているのだから、その半分の150万円をもらえる、そう思うのも無理はない。
でも、間違っている。夫の年金額全体の半分ではないからだ。
実際には、婚姻期間中に支払った厚生年金保険料の半分、というわかりにくい分け方をする。彼女の場合、夫からもらえる年金は30万円くらいだった。
 
離婚したら150万円もらえると思っていた。
150万円あれば、生活はなんとかなると思っていた。
嫌な夫と別れて、幸せな老後を送れると思っていた。
なのに、30万円しかもらえないなんて・・・・・・。
 
彼女の顔からみるみる血の気が引いていった。
幸せな老後が遠くなっていく感覚だっただろう。彼女にとっては、期待外れの離婚分割だ。
期待外れはよくあることである。
 
楽しみにしていた温泉宿。奮発すればするほど、期待値は高まる。
部屋からの眺め、部屋の雰囲気、清潔感、温泉、浴衣、トイレ、食事、従業員の態度まで、支払ったお金が多ければ多いほど、完璧を求める。1つでも期待外れがあると、評価は1、許せないという感情さえ起こしてしまう。
離婚も同じだ。長年奉仕し、我慢してきた。一緒にいた時間が長ければ長いほど、不満が大きければ大きいほど、沢山のお金をもらっても当然だと思うのも無理はない。
 
落胆する彼女に私は、言葉に気をつかいながら説明を続けた。
「もしご主人が先に亡くなったら、遺族年金はもらえます。当然、離婚後だったらもらえません。」
年金のプロである社会保険労務士として、おおよその年金額の計算はできる。
婚姻関係が続いたと仮定して、夫の年金額から考えて、夫死亡後に彼女がもらうだろう遺族年金は150万円くらいあった。
偶然だが、離婚分割でもらえると期待していた年金額と同じ金額だ。遺族年金にプラスして彼女自身の年金80万円をもらうことになる。年間230万円。1人なら暮らしていける金額である。
遺族年金を勧めるつもりで説明したわけではない。あらゆる可能性を説明したうえで、すっきりと、自分の人生を生きるための選択をしてほしいという考えからだ。遺族年金は当然に夫婦間でなければ成り立たない、離婚後はありえない、という当たり前の説明をしたにすぎない。
 
「でも、離婚されるんですよね?」と、私は続けて言った。彼女が夫について語る口調から、絶対に離婚したいという執念を感じていた。本当に辛い日々を過ごしてきたのだと同情した。何があっても離婚をやり遂げる覚悟だと思った。だから、確信をもって聞いた。
けれど彼女の口から出た言葉に、今後は私の血の気が引いた。
「死ぬのを待ちます」
彼女は私をしっかりと見据えて言った。何かを決断したような表情だった。
「はい、もちろん離婚します」、少なくとも「もう少し考えてみます」という言葉を期待していた私は、一瞬混乱した。「早く亡くなるといいですね」と返答しようか、いや、それは相談員として、いや、人間として言ってはいけない。言えるはずもなかった。しばらくの間、沈黙が支配していた。
 
彼女は離婚しなかった。オラオラ夫との生活を続け、遺族年金がもらえる日を待つことにしたようである。夫に出される料理が、塩辛くなっていないか、気がかりである。
 
2007年に登場した離婚分割制度はバラ色の制度ではない。
この制度が始まったら三下り半を突きつけてやろうと手ぐすね引いて待っていた妻が多かったと聞く。実際に、制度開始前には熟年離婚率が下がったそうである。離婚待ちの人が増えていると思われた。でも、制度が始まっても、熟年離婚件数は増えなかった。
“嫌な夫と別れて、夫の年金をもらい、ハッピーな老後生活”は、絵に描いた餅だったということだ。それに気づき、離婚しなかったのかもしれない。
 
彼女の場合も例にもれず、離婚分割後の老後生活は“絵に描いた餅”であった。そのことを、離婚を決断する前に気が付いて良かったと思う。
そして彼女は、“絵ではない本当の餅”を見つけたようである。その遺族年金という餅を、実際に食べることができるまで、耐え続けるのであろう。
正解はない。
ただ1つ言えるのは、事前に確かめることは大切である。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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