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真央ちゃんを真似して掴んだ射撃道


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:加藤里加子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
(しまった!)
 
引き金を引いた瞬間、舌打ちが漏れた。
10メートル先の標的、中央黒円から外れた白紙部分に弾着が見える。
真ん中が10点。でも、あれだけ外せば6点か、下手すれば5点。
これで何度目の失敗だ。
 
6年前の全国春季ピストル大会。私は女子エアピストル競技に出場していた。
エアピストルは競技人口が少ない。私のようなランクの低い選手でも、全国大会に参加できる。
 
(落ち着け。失敗は忘れろ。立て直せ)
 
自分の言葉が頭の中で空回りする。焦りと苛立ちが増すだけだった。
 
この日の射撃は最悪だった。
練習でできたことが全然できていない。何故ミスったのか分からない。同じミスを何度も繰り返す。結局、泣きたくなるほど酷い点数で、私の春季大会は終わった。
 
「こんなはずじゃ、ないのに」
 
今日は、いい成績を出す。
そう思って、挑んだ大会だった。
 
大会の数日前、私は「スポーツ心理学」のセミナーを受講した。
メンタルが貧弱だと自覚している、そんな私に足りないものを、手に入れるためだ。
 
セミナーでは、「フロー状態」と呼ばれる「集中した精神状態」を作る方法を学んだ。
・自分でコントロールできることだけを意識する。
・言葉や表情でポジティブなインプットをする。
・過去の失敗にとらわれず、未来の失敗を心配せず、現在だけを見る。
・単に「集中しろ」ではなく、具体的なポイントを決めて集中する。
 
納得した。具体的なアスリートの事例も分かりやすかった。「集中力を手に入れるコツは分かった!」と思った。
 
だが、本番では全然集中できなかった。掴んだつもりのコツは、一度も発動することなく終わった。思い返すと、競技中、ずっとボタンを掛け違えたような違和感があった。
 
「何がいけなかった?」
 
私は、セミナーのテキストを読み返した。
ふと、余白のメモが目に止まる。
 
「ソチ五輪」「浅田真央」
 
ソチ五輪の浅田真央といえば、優勝候補と期待されながら、SP(ショートプログラム)で失敗して16位に終わり、だが、2日後のフリーで圧巻の演技を見せて逆転入賞した奴だ。
 
講師の話が面白かったので、メモしていたのだ。
 
「浅田真央は、SPに向かう時に「ちゃんとやらなきゃ」と思った。それが「いつもと違う」につながった」
 
ドキリとした。自分のことを言われていると思った。
 
「セミナーでコツは掴んだ。ちゃんとやれる」
 
春季大会で、私はそう思った。
それは、気負いだった。
競技直前、私は気負いすぎて、間違ったスイッチを押した。そして、悪い方向に「いつもと違う」自分を作ってしまったのだ。
 
走り書きのメモは続く。
 
「SPの後、浅田真央がしたこと」
 
「フリーの演技を6つのパートに分けた」
「1つ1つのパートの注意ポイントを決めた」
「注意ポイントを意識しながら、練習した」
「1つのパートで成功しても失敗しても、同じ気持ちで次のパートに移った」
 
最後の行の脇、矢印が伸びた先に、さらに小さな字。
 
「失敗から目を背けない」
「失敗を受け入れつつ、感情を動かさない」
 
すでに起こった失敗を、「なかったこと」にしても無理があるし、無理をすれば、感情という水面に波が立つ。「感情を動かさない」ことが肝心なのだ。
 
打ち損じた瞬間に「しまった!」と舌打ちをし、「失敗は忘れろ!」と目を背けた私は、感情のドロ沼にはまっていた。集中からは、ほど遠い。
 
失敗の原因はわかった。
では、どうする?
真央ちゃんの真似をしてみよう。
 
フィギュアスケートと射撃、全然違う種目だけど、同じような失敗をしたのだから、同じ方法で立て直すことができるかもしれない。
 
私は、1回の射撃の動作を、6つのパートに分けた。
 
・銃に弾をこめ、銃を握る
・姿勢を確認する
・銃を持つ右腕を持ち上げる
・目と銃と標的との位置関係を確認する
・引き金を引き絞る
・弾を発射した後、射撃姿勢を維持する
 
これを40発繰り返す。
6つの動作の注意ポイントだけを意識して、一つの動作ができたら次の動作へ移る。1発撃ち終わったら、銃を下ろして、また最初から次の1発を始める。
 
射撃のルールでは、制限時間内でなら何度も構え直していい。各パートのどこかで「違う」と感じたら、銃を下ろし、もう一度やり直す。
 
そして、一度弾が発射されたら、中央に命中しても外しても、それを受け入れ、だが感情を動かすことなく、同じ気持ちで次の弾を込める。
 
(銃は包み込むように握る。小指の力は抜く)
 
意識するのは、自分で決めた具体的な注意点だけ。
 
(背筋を伸ばす。腹筋に力を入れる)
 
そんなに難しいことではない。
 
(引き金が、勝手に落ちるのを待つ)
 
繰り返すうちに、自然と集中力が増してくる。
それぞれの動作の注意点以外は、考えられなくなる。
自分以外の選手の存在も、忘れる。
銃が弾を発射する音、弾が標的に当たる音は、耳に入っているが意識に上がらない。
 
(ああ、これがフロー状態なんだ)
 
真央ちゃんを真似たやり方で40発を撃ち終わった時、私は、今度こそ本当に、何かを掴んだ。今までにないくらい消耗しきっていたが、深く集中するというのは、こういうことなのだ、と知った。
 
全国春季大会の1週間後、秋田ピストル大会でのこと。
小さな大会だったが、女子エアピストル部門で、私は優勝した。
 
 
 
 
***

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2020-05-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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