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絆創膏を剥がしてくれた人


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:Chiiro(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「もう俺には何もしてやれん。別れよう」
 
液晶画面に一行だけ表示されたメッセージを目にしたとき、心臓が内側から胸を強く叩くのを感じた。震える手でメッセージを開封すると、そこには、彼のお父さんに癌が見つかったこと、スタッフが相次いで退職して、仕事が激務で休めていないことが書かれていた。
足早に会社を出て、私は一駅隣にある川沿いの公園へ向かった。満開の桜の木の下、彼を責め立てた自分を悔やみ、泣きながらお弁当を食べた。
30歳になったばかりの、春のことだった。
 
ハタチそこそこの頃、友人を介して彼と出会った。初めて二人で出かけたとき、私はあっさりと彼に恋をした。それから7年もの間、私は彼への恋心を燻らせていた。
日本と海外を行ったり来たりする彼は、忘れたころに連絡してきたり、気まぐれに目の前に現れては、思わせぶりな態度を取り、私の心だけを奪って、また去っていく。
 
彼と過ごす時間は私にとって特別なもので、他の誰と一緒に居ても、そんな風に心が満たされることはなかった。彼は私の心の掴み方を熟知しているのだ。彼が去っていったあとの喪失感は、毎回耐え難いほどの苦痛だった。
もうその苦しみを味わいたくなかったし、気まぐれな彼を信用することはができない。どうせ遊ばれるだけだと思っていた私は、彼を受け入れずに、何度も自分の気持ちに蓋をした。
けれど、彼を突き放すこともできなかった。
 
ある年、私と彼は偶然にも同じ時期に、同じ国で語学留学することになった。住んでいる都市は違っていたけれど、観光案内するという彼からの誘いに、会いたい気持ちを抑えることができず、私は帰国前に彼を訪ねた。どれだけ自分の気持ちに蓋をしても、消えることが無かったその思いを、その時初めて素直に受け入れることを選んだ。彼と過ごした海外での数日間は、この上なく幸せだった。
 
そして帰国する日、私は彼に「彼女になりたい」と告げた。
彼の答えは、そんなに甘いものではなかった。
 
「帰国したら東京に住む予定だから、遠距離で付き合っても意味がない」
 
涙が溢れて止まらなかったけれど、心の重しが軽くなったことを覚えている。
その答えひとつで、私は潔く納得することができた。
もっと早くこうしていれば良かった。
 
「あなたの気持ちはわかったよ。一緒に過ごせた時間は少なかったけど、私はあなたが大好きだったし、とっても楽しかったよ。ありがとう。これ以上関わると忘れることができなくて辛いから、連絡をとることはもう辞めるね」
私は自分の思いを伝え、そのまま日本へ帰国した。
ほどなくして彼も帰国し、予告していた通り東京へと旅立っていった。
 
彼から一通のメールが届いたのは、再就職して数週間経ったころだ。
 
「やっぱり俺のこと好きでいてほしい。遠距離でも俺と付き合って欲しい」
 
身勝手な彼の言葉に、私は疲労感を感じながら、正直な気持ちを伝えた。
「あなたのことで思い悩んだり、振り回されてしまう自分に疲れたから、付き合うことはできない。ごめんなさい」
彼からの返事は、そっか。という一言だけだった。
 
それから半年後、私たちは共通の友人の結婚式で再会した。
 
式の数日前、彼から久々に連絡がきた。帰省している間、どうしても会って欲しいというお願いだった。式で顔を合わせるし、気まずいままは嫌だと思った私は、せめて友人レベルには戻れたら良いと思い、彼と会うことを承諾した。
 
式の翌日待ち合わせ場所に行くと、いつもは少し遅れてくる彼が、私の好きな東京土産を持って待っていた。ランチして、前日の式の話をして、映画を見た。普通のデートみたいだった。私は、彼と会うのはこれが本当に最後だと、彼との時間を丁寧に楽しんだ。
 
帰り際、彼が今度東京で一緒に遊びに行こうという話をし始めた。
私は、会うのは今日で最後だよ、と伝えると、彼は慌てた様子で私の手を掴んだ。
 
「今日会いたかったのは、もう一回告白するため。ずっと俺と一緒に居てほしい。今は遠距離だけど、ちゃんと将来結婚を視野に入れて、俺と付き合ってください」
 
彼からこんなにもストレートな告白を受けるとは思ってもみなかった。
 
私は泣きながら、「ほんとに言ってる?」と確認した。
「本当。大事にするから、これからいっぱい一緒に思いで作っていこう」
そう言って、彼は私を抱きしめた。
 
7年越しの片思いが、実った瞬間だった。
 
それから3年間、私たちの遠距離恋愛は続いた。
 
自分のお店を持つのが彼の夢だ。朝方まで営業しているカフェバーで修行する彼との恋愛は、距離だけでない生活サイクルの不一致という障壁がセットだった。
同じ国に居ながら、時差のある外国との遠距離恋愛のようだった。
すれ違うことは頻繁にあったし、休みを合わせることも難しかった。たまに会えたとしても、どちらかが睡眠時間を削る形になる。
 
付き合っていくには、お互いに生活スタイルに無理をする必要があった。その負荷のバランスはとても崩れやすく、遠い場所にいながら、喧嘩は絶えなかった。
 
仕事の忙しさやストレス、会えない寂しさと不安。お互いに同じ弱さを抱えては、その不満を募らせて、ぶつけ合った。優しさや、思いやりを持つ余裕がなくなっていった。信じる心を失っていった。
喧嘩して連絡が途絶えることもしばしばあったけれど、いちばん長い沈黙の後、疲弊しきっていた私は、もう修復が難しいのなら、別れると言って欲しいと彼にメールした。
幾度とない喧嘩と仲直りの末、修復が叶わないまま、30歳の春、私たちの遠距離恋愛は3年で終わりを告げた。
 
いま一つだけ分かること。それは、私にとって彼は愛する人ではなく、自分の孤独や寂しさを埋めてくれる絆創膏のような存在だったのだ。絆創膏があれば、私は自分の傷を見なくて済む。痛いものに触れずに済む。いつまでも絆創膏をつけていたかった。ただそれだけで、彼に執着していたのだ。
 
きっと、彼にとっても私は同じような存在だったのだろう。自分が愛する人ではなく、自分のことを愛してくれる人。その私に執着していたのだ。
 
その後私は、絆創膏を剥がしてくれる人と出会い、心から大切に思うその人と過ごしている。大好きだった絆創膏は、もうとっくに剥がしてもよかったのだと知った。
 
 
 
 
***
 
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2020-05-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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