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メディアグランプリ

タカアシガニエイリアンの世界に守られていた話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:三木 幸枝(ライティング・ゼミ通信限定コース)
 
 
夜、私が寝たとたん、暗闇の中で私以外の家族がむくっと起きあがり布団をはねのける。手足がだんだんと節張り、みるみる甲殻類の足のようなものに形を変える。四本足ですっくと立ち、カタ、カタ、カタ、とゆっくり移動する。タカアシガニのように足を伸ばして体を高くあげる姿が月明かりに照らされる。
 
先のとがった足が布団を静かに踏み、寝室からリビングへ向かう。リビングには、タカアシガニ風のエイリアンの家族が勢揃い。私以外の家族は、みんな、エイリアンなのだ。家族とは仮の姿。私が寝静まったあとに、本来の姿に戻り活動を始める。
 
エイリアンの主目的は、私に気づかれないように、一般的な日本人の小学生のデータを集めることだ。私はそのサンプル。家族を装い自然な行動のデータを収集する。
 
実は、私はそれに気がついている。偽物の家族であることも。しかし、もの心ついたときから一緒にいる父母や姉妹たち。真実が暴かれるとタカアシガニたちは泡となってきえてしまう。偽物と分かっていながらも家族を失うことに耐えられず、切ない気持ちを抱えながら毎日を過ごしている健気な私……。
 
***
 
これは、小学生のときの私の空想。毎夜、布団に入って眠りにつくまでが空想の時間だった。
テレビで見たタカアシガニがよっぽど衝撃的だったのだろう。偽の家族はタカアシガニ風エイリアンだった。
 
その時々でいろんな設定が追加される。
タカアシガニの星では、食糧にするため人間を家畜のように飼っており、私も食糧の一つに過ぎない。しかし、長く一緒に過ごすうちに、タカアシガニ父母と絆のようなものも生まれており、お互いに胸を裂かれるような思いをしている。また、実は私もタカアシガニエイリアンの血が流れている、しかも一族の王女さまであった……などなど。
 
寝る前にいろんな空想をふくらませて、一人楽しむのが常だった。
昼間読んだ本や見たテレビ、また出会った人々が、その時々のタカアシガニの物語に登場した。苦手な先生が、悪者エイリアンになって私の命をねらう。そこを姉妹タカアシガニが、とがった足からビームを出し、自分の身を挺して私を守ってくれる。
体育の授業でハードル走がうまくできなかった日は、タカアシガニ王女の私は、ハードルどころか、星と星の間をぴょーんとひとっ飛びした。
 
昼間に大変なことがあったときほど、タカアシガニエイリアンの物語は盛り上がる。
困ったことがあれば、周りのみんなが喜んで私に力を貸してくれる。空想の中で、私はとても自由闊達で、無敵。そして、とても愛されている子どもだった。
 
40歳を過ぎた今、残念ながら、タカアシガニの王女さまには、なかなかなれない。
相変わらず悩みは尽きないけれど、布団に入るとすっと眠りに落ちてしまう。
 
いつから空想しなくなったのだろう。
それは、空想したところで、気にかかることや困難が解決するわけではないと気がついた頃から。そして、問題を解決する実際的な手立てがわかりはじめた頃から。
 
時が解決してくれることもある、ということも経験的に知っているし、苦手な人の対処の仕方、仕事の失敗のリカバリーの仕方、また、こうすれば、最悪の事態は免れることができそうということが、なんとなくではあるが、わかる。
だから、わざわざ空想で消化する必要はなくなったのだ。考えようとしても、全然空想がふくらまない。
 
幼いときは、あんなに自由であったのに。
 
実は最近まで、こんな空想をしていたこと自体をすっかり忘れていた。突然思い出したのは、娘からこんな話を聞いたからだ。
 
「しっぽが虹色のネコちゃんと一緒に泳いだよ」
プールの授業中のことである。好きな友達と自由に泳いでいいよ、といわれた娘は、ペアになるお友達がおらずひとりぼっちになってしまったとのこと。
「で、どうしたん?」と聞くと「しっぽが虹色のネコちゃんと一緒に泳いだよ。楽しかったよ」と笑顔で答えた。
しっぽが虹色のネコちゃん、それは娘が空想で作り上げた友達のことだ。プールの時間、ひとりぼっちの娘は、しっぽが虹色のネコちゃんを召喚して事なきを得たようだ。
 
私は思いもかけなかった話に驚いた。そして、娘が空想で自分を守ったという話にとても感動した。
 
私やうちの子どもに限らず、形は違えど、みんな自分の心を守るシールドのようなものをもっているのかもしれない。
ほかの人に助けを求められるようになったり、自分の身を守る具体的な方法が身についてきたりしたら、だんだんと空想の殻を脱いで大人になっていくのだ。
 
自由にのびのびと空想の世界で遊べるのは、子どもの特権だ。
今はもう失ってしまった、ナイーブな自分とタカアシガニの世界を、少しだけ恋しく思う。
 
それと引き替えに、複雑な現実社会をてきぱきと処理していく力を、私は身につけた。変わらず困難はあるけれど、正面から向き合って解決に努める日々だ。それなりにロマンにあふれているし、スペクタクル度合いはタカアシガニ世界を上回るほど。充実した日々、頑張っている自分を誇らしく思う。
 
困ったことに出くわしても、周りのみんなが助けてくれる。おかげでスムーズに解決することが、ここのところ特に多くなったように思う。
……もしかして、タカアシガニ王女の血が、時を経て覚醒したのだったりして。
パソコンを打ちながら、節くれだった指がふと目に入った。
 
 
 
 
***
 
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2020-06-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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