演技という未知の経験で、新しいわたしを知った
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:大沼 芙実子(ライティング・ゼミ通信限定コース)
「今日は、みなさんに演技をしてもらいます!」
その言葉を聞いて教室はざわついた。歓喜や緊張といった思い思いの言葉が響く。その中に、ひとり静かに、席に座ったまま固まった女がいた。
わたしだ。
ついに来てしまった……恐れていた日が。
昨年1年間、あるワークショップに参加した。「触れたことのない物事を体験しよう」というコンセプトで開催されたそのワークショップは、月に1回会場に行って初めて、その内容を知らされる。どのテーマも面白いものばかりだったが、本当に苦手分野が告げられた時には、まさに逃げられない苦行を「宣告された」ような気分になる。
演技はまさにそれだった。
自己表現が苦手なわたしにとって、正解も間違いもわからない「芸術」や「身体表現」は、まさに得体の知れない存在。大学時代にミュージカルサークルに所属していたが、一度も演者になりたいと思ったことはなく、舞台で輝く同級生を照明係として淡々と照らし続けた。「いつか、演技とか来ちゃったらいやだなあ」。このワークショップに通うようになってからぼんやりと考えていたが、まさにその予感が的中。わたしは「演技」という得体の知れない存在と、初めましてをすることになった。
硬直している間にも時間は残酷に進む。すぐに本日の先生となる演技指導者が現れ話し始める。メモを取る手は震え、早まる心拍数が耳元で大きく鳴り響く。講義よ、もっと続いてくれ……頼む……。そう願うわたしの気持ちと反対に、数分話をしたところで先生はさらっと言った。
「じゃ、やってみましょっか」
わたしの番は2番目だった。汗でくしゃくしゃになった台本を持ちながら前に出る。始まった。台詞を発してみる。手足を動かしてみる。あ、また台本見ちゃった。相手との距離感取りすぎたかも……。終わる! でも終わりってどの程度間を取れば……。
心の中で自分にツッコミを入れ続けながら、その時間はあっという間に終わった。そして恐る恐る向き合った先生の口からは、思いもかけない言葉が出てきた。
「きみ、独特な演技するねえ。……うん、とってもいい。そのままで行ってみよう!」
……え。褒められた?
驚いた。出会ったことのないような言葉で罵られるのだろうと構えていた。でも違った。わたしにも演技できたらしい。初めて関わった「演ずる」という行為が、急にすっとわたしの方に近寄ってきた気がした。
実は、こんなにいっぱいいっぱいになりながらも、演技に向き合えたのには理由がある。
講義部分で先生の語った、ある言葉が印象的だったのだ。
「演技っていうと構えちゃうけど、みんな、日常生活の中でも演技してるじゃないですか。それ、やればいいんですよ」
先生はその朴訥とした話し方で、この言葉をさらっと発した。そしてこの言葉は、そのままわたしにまっすぐに刺さり、ドキッとした。
「そうだよなあ、わたし、毎日会社で演技してるなあ。そうだよなあ……!」ほぼ反射的に、そう思ったのだ。
わたしは今、大手企業で人事の仕事をしている。昔からの文化が根強く、お作法的なことを求められる場面も多くて、上司が言うことを「ちょっと違うよなあ」と思いながら「そうですよねえ」と言って頷くわたしが、ここ数年会社のいたるところに存在していた。
数年前なら「また頷いてしまった! 反論したらよかった!!」と悔しがっていた。でもだんだんとそれが億劫になり、「そうですよねえ」を繰り返すようになり、最初はそれを演技だと認識していたけれど、だんだんと演技ではなくて自分自身と同一化していった。その事実に気が付かず毎日を過ごしていたと思う。「演技」が「自分」を乗っ取り、「そうですねえ」マシーンになっていたわたし自身を、この先生の言葉で再認識したのだ。
そう思ったら、心臓バクバクで演技を嫌がるわたしと並行して、「わたし毎日演技してたわ。なんだ、得意だわ」と開き直るわたしも現れてきて、なんとか人前で演技ができたというわけだ。
そして同時に、職場で演技なんてしてたらいけない、と反省した。この言葉と経験は、わたしの見えなくなっていたものを一つ、見せてくれた。
もう一つ、この「演ずる」という未知の敵から教わったことがある。
それは「演ずる」という行為は、「わたし自身を知る行為」だということだ。
独特だ、と先生から言われたわたしの演技は、一緒に参加していた同期からも割と好評で、一人の子からは「あんな表情するんだね、意外だった」と言われた。
どんな表情をしたんだろう、と思い、その日からわたしは折に触れて自分の表情を観察するようになった。
家の風呂場で。電車の窓で。会社のトイレで。
特に会社ではよく観察した。悲しいことがあった時、忙しくて余裕がなくなった時、トイレに行って鏡を見る。泣き顔やしかめつらのわたしを見て、「へー、自分ってこんな顔するんだ」と観察すると、心はいっぱいっぱいなのに少しだけ、余裕が持てた。「いっぱいいっぱいな自分」と、初めて客観的に向き合ったような気がした。夫とこれまでにないくらい大喧嘩をした日にも、洗面台の鏡を見た。怒りに震える自分の顔を見て、「ほー、怒り顔ってこんななのか」と観察すると、少しだけ冷静になって夫と向き合えた。
これが、もう一つの教わったこと。
未知の敵だと思っていた「演ずる」という行為は、わたしに自分自身への新しい向き合い方を教えてくれた。思わぬ偶然の出会いによって新しい視点を得たわたしは、少しだけパワーアップしたような気がした。これから長い人生を生きていく中で、わたしはもっと新しい世界を知りたいし、知らない自分ももっと知りたい。だから怖気付くことなく、新しいことにチャレンジしてみよう。そう思わせてくれる出来事だった。
ちなみに、このワークショップで調子に乗り、社会人劇団をやっている友達に「劇団、面白そうだよね、今度見学に行きたいなあー」なんて、すぐに連絡をしたわたしの影響の受けやすさも、新しい自分の一面を知った出来事として付記しておきたい。
次は何にチャレンジしてみよう?
どんな自分に出会えるかな。楽しみで仕方がない。
***
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