「成長」神話と何もかも未熟な経営者だった私
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:音羽 ひろ(ライティング・ゼミ通信限定コース)
毎日通勤で使うJRの改札口はスターバックスが隣接していた。改札口を抜けると珈琲の芳香がふわりと漂う。PCに向かったり、談笑するお客さんでいつも混んでいたが、一息入れて帰ろうかな、とは全く思えず私は改札を早足で抜けていく。10年近く前のことだ。
急いでいるのではない。お金がなかったのだ。
それよりさらに数年さかのぼった時期に女性のパートナーと二人で会社を経営しはじめた。同じ専門職で協力して仕事をしていたので、それまで勤めていた税理士事務所から独立したのは自然な成り行きだった。事前に計画したわけではないが、交代に妊娠して、変わりばんこに短い育児休暇を取った。小さい会社の2人ぼっちの役員に充実した福利厚生などあるわけもなく、赤ちゃんをおんぶしながら、時には相手の子どもの守りをしながら仕事をする日々だった。
こつこつ目の前の仕事をこなしていくうちに多忙となり、しばらくして社員を雇うことになった。雇用をせず、自分たちでできる範囲の仕事量にとどめておけばよかったかもしれない。しかし、会社は大きくするものだという刷り込みがどこかにあったし、女性二人で会社をやっているとなんだかお遊びのように受けとられることも悔しかった。
組織を作って会社らしく。拡大することが、成長することとイコールと信じた。会社が「成長」している手ごたえを感じて高揚していたのを憶えている。
それから、自分がこなしていた仕事は社員に任せて自分は営業に徹することにした。「量をこなして利ザヤを抜けば利益になる」。二人だけの会社の時は、あれもやろうこれを試してみようと、挑戦していくこと自体が楽しかった。失敗しても互いがかぶれば傷は浅いため、いろんなことにチャレンジできた。しかし、徐々に社員を維持することが当面の課題になり経営計画の中の数字をプラスにすることが、自分の仕事の大半となっていった。
確かに、売り上げは上がった。しかし、毎月の人件費を払い続けることができるか、不安な気持ちをかかえ、その暗くて重い感情はどんどん増していった。
当然のことながら、自分たちの給料は最後に受け取るし、全くないでない月もあった。ということでお金がなかったのである。
そのうち会社は何とか維持はできていたが、見通しに不安を感じたのだろう、社員は次々離れていった。申し訳なさとふがいなさでただただ情けなかった。
そもそも人を育てることの意味や、社会貢献と利益を両立させながら継続していく覚悟が圧倒的に足りなかった。経営していくうえで大切なことが何なのかわからないまま始めてしまい、後になって力量が不足していたことに気づく始末だった。
拡大することは良いことだと思っていた。会社というものは設立してから「成長」し、やがて株式を上場し、さらに資本を得て販路を世界中に拡げていく。翌年の利益は必ず今年の利益をしのぐものでなくてはならない。さらに、国内の会社の利益を合計したものはGDPであり、GDPの前年比が経済成長率だ。経済成長率も毎年プラスでなくてはならない。そうでないと国内に住む人の給料も年金も上がらない。つまり「成長」は止められないのだから。
いきなり大きな話へ飛躍してしまったが、私の会社のようにGDPにほぼ貢献していない極小な会社でも「成長」への誘惑があった。要するに全員「成長」からは逃れられない。その一方で何を失っているのか、考えるゆとりもなくなっていく。
しかし、「成長」は善でしかないのだろうか。未熟で無知な自分のような者ではなく、立派な経営者であってもうまく「成長」とつきあうのは難しい。むしろ社外に株主が存在する分苛烈なプレッシャーにさらされている。
そもそも、私たちがとらわれている「成長」は生き物や植物の成長とは違う。ヒトだろうと、植物だろうと繁栄の規模と期間には一定の法則があり、成熟の後に衰えていくものの、次世代につながる循環が存在する。無限に伸び続けられる樹木はないのだ。
現在は二つあった会社をパートナーと分けた。会社は私一人だ。売り上げは往時の規模には及ばないが、手元の時間も報酬も増えた。本当に大切にしなくてはいけないのは、働く人とお客様、そして取引先なのだと実感する。三方よしとはよく言ったものだ。経営の循環があるとしたらそれは三者の間を行き来する信頼を深めていく生業そのものだ。
まずは、お仕事をくださるクライアント、サポートしてくださる仲間、そしてたった1人の社員である自分が満足できるよう丁寧に向き合うことから始めたい。そこから生まれる利益は、珈琲をゆっくり飲めるくらいのゆとりをもたらせばいいのかもしれない。
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