私たちが見えていない世界
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記事:大森瑞希(天狼院リーディング倶楽部)
夜通し読んで、気づいたら朝だった。
まさに、この物語のラストは、朝日が昇る一日の始まりに相応しくて、少しずつ明るくなっていく部屋を見ながら、私は放心状態だった。
悲しいのでもなく、嬉しいのでもない。
何とも定義しがたい思いに包まれていた。
敢えて言うならば、清々しい気持ち。
しかし、この言葉が私の感情を全て表現できているとは言いがたい。
本を読んでこんな気持ちになったのが初めてで、私の心はいまだかつて経験したことの無い感情に、処理が追いついていなかった。
ただただ、心の中で静かに、朝日が昇っていく。
湖の水面に波紋が広がり、その輪が大きくなっていくように、私の心に何かが少しずつ染み入ってくる。
気づけば、じんわりと温かい涙が流れていた。
『流浪の月』(凪良ゆう「東京創元社」)は、私の中の偏見や固定概念を考え直すきっかけをくれた。
人の痛みは、その人にしか分からない。
二人のことは、二人にしか分からない。
当たり前のことだが、私たちは、ついそのことを忘れ、何か物事が起こると当事者に意識を向けることなく、勝手にストーリーを想像してしまう時がある。
推測しているだけの私たちは無傷だが、勝手に想像された当事者からしたら、いい迷惑である。
そしてその想像が、事実と全く異なっていたらなおさらである。
この物語では、周囲からは決して祝福されることのない2人が、互いを必要とし、生き続ける話である。
祝福されないどころか、一緒にいることを世界中の誰もが反対する間柄だ。
更紗ちゃん誘拐事件の被害者・更紗と、加害者の文。
彼らが同じ屋根の下で生活を共にしたのは、二ヶ月間。
警察に見つかり、離れ離れになり、別々の人生を歩んでからも、二人は心の中で互いを求め続ける。
なぜだろう。誘拐をされた側とした側なのに。
二ヶ月の間に何があったのか、二人が互いにどのような存在なのか。
残念ながら、世間の誰もそれを知ることは出来ない。
二人のことは、二人にしか分からないから。
そして人間は、勝手に想像してしまう生き物だからだ。
人はしばしば、人間関係に名前をつけたがる。
知人、友達、親友、恋人、家族……。
その定義から外れると、「それは一体どんな関係なのか」と訝しむ。
それどころか、無理やり自分の既成概念に当てはめ、それを他人に押し付けたりする時もある。
当たり前だが、自分の想像を超えた領域を想像することは出来ない。
人間は想像できないものは見ないから、そこに共感は生まれない。
ひとりの人からそんな態度を取られても、その人に共感されないだけなので、ダメージは少ないが、これが世界中のひとが共感してくれなかったらどうだろうか。
全ての人の想像を超えたところに真実があるとして、誰もそれを理解してくれなかったら。
それは、絶対的な孤独だ。
誰一人として味方のいない世界は、とても生き辛い。
厄介なのは、共感が出来ない側の人間に、悪意がないということである。
自分の固定概念が、知らず知らずのうちに他者を傷つけていることに気づかないのだ。
他者への想像が出来ないというのは、悪ではあるが、その人自身に悪意はない。
本の中の二人は、傍から見ると異常な愛で結ばれている。
家族でも、友人でもなければ、恋人でもない。
誘拐犯と、連れ去られた子。
一緒にいることを誰もが反対する二人の思いと、彼らの流れつく先を、本書では丁寧に描いている。
物語のラストで二人の下した決断には、清々しい祝福を覚えずにはいられない。
もし、彼らが実在する人物だとしたら、私は彼らの背中に大声で「絶対、二人だけで幸せになってね!」とエールを贈るに違いない。
本書は2020年の本屋大賞に選ばれているから、きっと、既にお読みになった方も多いかもしれない。
私の友人は読書好きが多い。
読書好きの人の中には、しばしば、「本屋大賞なんて、大衆的な物は読まない」と言う風に決めている人もいるようだが、そんな人にこそ、お勧めしたい。
読書家の中には語彙力が多く、抽象的なものに名前を付けるのがうまい人がたくさんいるが、この本を読むと、言葉では定義できない新しい人間関係や感情に気づかされる。
それは決してもやもやするのではなく、こんな関係・感情があるのかという素直な発見だ。
自分の見ている世界は、常に断片的であることに気づくきっかけになると思う。
全体的に息苦しいストーリーであるものの、最後はきっと清々しいような思いに包まれる。
ぜひ、二人の行く末を見届けてあげてほしい。
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